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墓前に佇む・・・

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 と、答えた。
「私は、以前にもお話したように、実の親ではなく、養父母に育てられました。しかも、自分には何か病的なところがあって、友達もできない子供だったので、親も随分心配していたようです。自分たちが本当の親でないことが気になっていたのか、それとも親という立場にはおのずと限界があると思ったのか、ある日、親が一人の女の子を連れてきました。そして言うんです。『この娘がお友達になってくれるって』と……。それが、樹里ちゃんだったんです」
「人さらいということ?」
「そうじゃないんです。夕方まで遊んだら、親が来て、この娘を送っていくって言うんです。最初は親に連れられておうちに帰っていたようなんですが、次第に彼女が帰るのを嫌がるようになりました。その理由は私には分からなかったんですが、親は納得したみたいなんです。その時の親の気持ちがどんなものだったのか、想像を絶しますが、さぞや家に帰ると、嫌なことが待っているのかも知れないということは、子供の私でも分かりました」
「樹里ちゃんとは仲良くなれたのかい?」
「ええ、一緒に遊んでいるうちに、遊び以外の好みも意外と似ていることにお互い気付いたので、結構息が合っていたように思います。で、そのうちに彼女も私に気を許すようになって、話を聞いてみると、どうやら、家で父親に虐待のようなことを受けているって話してくれたんです。傷跡らしいものも見せてくれたので、あながちウソでもなさそうでした」
 そう言って、麻衣は少し寂しそうな表情になった。
「麻衣はその時、樹里ちゃんを気の毒に思ったんだね?」
「ハッキリと気の毒だとは思いませんでした。ただ、彼女の傷が何かを訴えているように思えてならなかったんです。その時に見た傷と、彼女の気持ちは一致しているのかな? って感じたんですよ」
「確かに人は誰でも人には言えないような過去を持っているというけど、幼少の時に受けた心の傷がどのようなものかというのは、これも人それぞれだからね」
「そうですね。幼少の頃に受けた心の傷は、成長するにしたがっていろいろ形を変えることもあるでしょうし……」
「どういうことなんだい?」
「その人の性格にもよるんでしょうけど、忘れることができず、そのままトラウマとなってしまう人、忘れようとして、忘れたつもりでもトラウマが残ってしまい、気が付けば苦しんでいる人、そして中には記憶が欠落してしまう人もいるでしょうね」
「記憶が欠落している人は、本当は忘れてしまったわけではなく、自分の記憶の中に封印していると思うんだけど、そのせいで、言語障害などの障害を残してしまう人も多いでしょうね。自分だったら、どうなるだろうって考えてしまう」
 と、言いながら寂しそうな表情をする麻衣、それを見て、茂は考えていた。
――麻衣は、まるで他人事のように話しているけど、本当は麻衣も同じように何か傷を持っていて、それを悟られないようにしようと自分で記憶を封印しているのかも知れないな――
 その結論は性急かも知れないが、少なくとも実の親と育ての親が違うという時点で育つ環境は他の人とは違う。裕福な家庭で育ったということだが、愛情に変わりないとしても、まわりの環境が自分を納得させようとしている気持ちを許すかどうか、茂には分からなかった。
 麻衣は続ける。
「樹里ちゃんは、それからしばらくして、家からいなくなったんです。親は、家に帰ったと言っていましたが、どうもそうではなかったようで、この街からも見えるでしょう? ほら丘の上に昇ると見えてくるくじら島」
 茂は、くじら島という言葉を聞いて、ビクッとした。
「くじら島って、あの人も住んでいないような狭いところ?」
「ええ、でもこちらから見ているから狭く感じるんだけど、実際には結構広いらしいの。昔、戦時中は、あそこに秘密の工場があって、いろいろな研究が行なわれていたらしいの。しかもあそこは戦後、国の所有になったらしいんだけど、国が持てあまして、結局県に委ねるようになって、さらに、それが私たちが住んでいる街に払い下げのような形になったらしいの。本当に稀な例らしいんですが、そのせいもあってか、まるで二束三文の状態だったらしいわ」
「そんなことがあるんだ」
「ええ、軍需工場は、国の土地になった時点で取り壊されて、それ以降、まったく手入れらしい手入れは行われていないので、あのような人が住めるはずもないところになってしまったようなのね」
「たしかに、あそこには入り江もないように見えるから、船をつけることができないように思うけど?」
「でも、それは大丈夫。工場が取り壊されても、船着き場は残っているのよ、手入れしていないから、遠くから見ていたのでは分からないんですけどね」
「そうだったんだ。でも、人が住める環境ではないよね?」
「それも、カモフラージュさえすれば、誰にも気付かれずに住むことはできるんです。森のようになっているところの反対側に、屋敷のようなところが残っているんですよ。戦後すぐは、サナトリウムとして機能していたらしいんですが、そこに樹里ちゃんは住んでいたようなんです。サナトリウムは、実は最近まで存在していて、そこに最初は入院する形だったんだけど、精神的な病いが治っても、彼女は帰ろうとしなかったんです。まだ小学生くらいだったんだけど、彼女には自分が帰る場所はすでにないことを知っていたんですよ」
「まるで浦島太郎のお話のようだな」
「ええ、そうなの、彼女がくじら島から出るということは、玉手箱を持たずに、元の場所に放り出されるのと同じことなの。サナトリウムの人もそれを分かっていたので、彼女をそのままくじら島に「保護」する形が一番いいと思ったんでしょうね」
「それは彼女が望んだことなのだろうか?」
「私は、きっと彼女も望んでいたと思うわ。ただ、最初に家出をしてきた時には、ここまでなるとは思っていなかったかも知れないけど、それでも、そのままいるよりはよかったのかも知れない。私が樹里ちゃんのことはウスウス気付いていたんだけど、本当のことを知ったのは、最近になってのことなんですよ」
 茂は先ほどから気になっていたのだが、麻衣の手にはスケッチブックが握られていた。それは結構古いもので、年季が入っていると言っても過言ではなかった。
 それを茂がチラチラ見ていることは、麻衣には分かっていたはずだ。ただ、話に夢中で忘れているのではないかと思ったが、そうではなかった。麻衣はおもむろにスケッチブックを開くと、二人の会話の間にあるテーブルに置いた。
「これは?」
「樹里ゃんが、サナトリウムで治療を受けている時に描いたもの」
 そこにはパッと見、何を描いたのか、ハッキリとはしないものが描かれていた。
「まるでピカソの絵のようだね」
 最初は、やたらと色を使っていて、いたずらに出たらめに描かれているように思えたが、よく見ると、色が重なっているところはない。綺麗に色が区画されている。区画されているものだとして見ていると、形になってくるものが自分の知っている世界にはない想定外のものに見えて仕方がなかった。
「まったく分からないでしょう?」
「ええ」
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次