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墓前に佇む・・・

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 そのことは茂にも気になっていた。本当は一緒に遊んでいてあげたかったが、茂の家は貧しく、茂は決まった時間に家に帰らなければいけなかった。家の手伝いをしなければいけなかったからだ。
 父親は仕事で遅くなる。母親は夕方くらいから仕事に出かける。茂は母親が出かけるまでには家に帰って、母親が出かけるまでの手伝いをしなければいけなかった。好きな女の子ができたなどと、そんな甘っちょろいことでは到底生活していけないという思いを子供心に持っていた。
 しかも、彼女に自分の気持ちを知られたくないという思いもあった。複雑な心境であったことは間違いない。
 しかし、生活していく上での考えは、実に簡単なものだった。理屈を組み立てて、一つの線にすることができさえすればそれだけでよかった。それだけ生活に選択の余地がなかったとも言えるのだろうが、貧しいということが頭の中でトラウマになっていたことにその頃は気付いていなかった。
 だから、考え方は単純なものだった。応用が利くわけでもないし、貧しさから抜け出そうという思いもなく、それ以上にその日一日が無事に終わればいいという考えだった。それは両親ともに同じで、最初は何とか抜け出したいという思いもあったのだろうが、生きていくことに必死になっているがゆえに、余計なことを考える余裕すらなくなってきたのかも知れない。
 樹里が誘拐されたと思ったのも、その単純な考え方の中から生まれたもので、一人の女の子が忽然と姿を消した。そして消息がまったく掴めない。つまりは、自分だけで動いたわけではないということだ。
 目撃者がいないのは、最初から誘拐とするのに、目撃者のいるところなど選ぶはずもない。ただ、誘拐者がそこまで計画していたかどうか定かではない。田舎町のこと、偶然目撃者がいなかっただけかも知れない。時間が経つにつれて、そっちの方が信憑性があるように感じたのは、
――俺が誘拐者だったら?
 と、自分に置き換えてみたからだ。
 それは誘拐者が貧困者で、自分も同じような立場になれば、誘拐も考えると感じたからだ。
 だが、信じられないのは、誘拐だとすれば、脅迫が一度もなかったということだ。
――営利誘拐――
 誘拐というのは、身代金を取ってこそ成り立つものだ。ただ連れ去っただけでは、誘拐した意味がない。理論を一直線にしか考えられない茂には想定外のことである。
 誘拐以外に考えられなかった自分の考えを曲げなければいけないと考えた時、それ以外には何があるのかを考えてみた。
 自分からいなくなることを選んだ? いわゆる家出ということになるのだろうが、まだ小さな女の子が家出をして一人で生きていけるわけもない。
 すると、その時にすでに誰かに殺されていたという考えが今度は頭に浮かんできた。それ以外に考えられないと思って、今までずっと時を重ねてきたのだが、麻衣の証言により、樹里はその後も生きていたということだ。
 最初は、麻衣が言いたくないのであれば、別に聞く必要もないと思っていたが、最近になって樹里のその後が気になってきた。
 麻衣は、自分のところに来て、だいぶ落ち着いてきた。育ての親のことを本当に忘れてしまったかのように振る舞っているが、実際はどうなのだろう? いくら血が繋がっていないとはいえ、いや、繋がっていないからこそ、育ててくれた相手に対して裏切るようなことができる女性には見えない。
「麻衣は何か隠している」
 と思うようになってきた。
 それは自分の育ての親や、育ってきた環境、あるいは、樹里のことにしても、それぞれに繋がるような何かを隠しているように思えてならない。それは、茂に対してのことであって、他の人に関係のあることではない。そもそもなぜ茂のところに来る決心をしたのかということも曖昧になっている。
「いずれ、麻衣に問いたださないといけない」
 と、思っていた。その時期が近づいてきたことを、茂は自覚し始めていたのだ。
「麻衣、君がうちに来てから、そろそろ五年が経つんだが、そろそろ今までのことを話してくれてもいいんじゃないか?」
 最初の一年間は、怯えて過ごしていた麻衣だったが、その後の三年間ほどは、楽しさの絶頂だった。有頂天になっていたと言ってもいいだろう。今までの人生を凝縮し、反動で破裂させたような三年間だったのではないだろうか。茂も、
「このまま時間が止まってくれればいいのに」
 と、真剣に考えたほどだ。
 しかし、時間が止まるはずはない。時間が止まるということは、茂にとっては、心臓が止まるのと同じで、自然に動いているものを止めるというのは、死を意味するのではないかと思うのだった。
 茂は楽しい時にでも、必ず頭の中で、反対のことを考えている。
「好事魔多しという言葉もある」
 という思いが強く、それが最後の決定を鈍らせることに繋がることもあった。
 麻衣とここで暮らすようになって、麻衣を自分のモノのように思っているのは仕方のないことだと思っていたが、その反面、何か嫌なことが起こる前兆ではないかと思うような予感を感じることもあった。予感も何度も感じていれば感覚がマヒしてきて、
「悪いことなど起こったりしないんだ」
 と思うようになると、確認しなければいけないことがあったとしても、どうでもいいと思うようになってくる自分が怖いと感じるようになってくるのだった。
 時間に流されてしまうのは、自分の本意ではない。逃げに繋がると思うからだ。
 麻衣に対して、ここでの五年という歳月がどれほどのものだったのか、茂には図り知ることはできないが、茂にとってのこの五年間は、あっという間だったように思えていた。茂の気持ちを察してか、麻衣は少しずつ話をしてくれた。
「実は私、樹里さんと一緒に育ったんです」
 意外と言えば意外な言葉だったが、一瞬、麻衣が話をしているのに、自分の知らない麻衣が目の前に鎮座しているような気がした。自分よりも先に進んでしまっている麻衣がいて、その背中が遠のいていかないように、必死に追いかけている感覚だ。
「今の茂さんの目を私は想像していたので、本当は話したくなかったんです」
 と麻衣は言ったが、茂が自分でどんな目をしているのか、実際には分からないので、さらに麻衣の言葉が他人事のように感じられた。
 しかし、麻衣は茂に追いつめられているような気がしているのかも知れないと思うと、後ろ髪を引かれる思いになるが、それでもいつかは知らなければいけない真実、今を逃せば、本当に遅くなればなるほど、話すことができなくなってしまうだろう。そうなると、自分の中にどれほど抱え込んでおけるかが問題になる。放っておくのは、お互いのためにならないことは明らかだ。
 この期に及んで、麻衣は話をはぐらかそうとしている様子はない。目を見ていると覚悟を決めた目に見えていた。しかし、何から話していいのかを考えているのだろう。五年前に来た時ですら、かなり昔の過去のこと、そう簡単に時系列に纏めることなどできるはずもない。
「何から話していいのか……」
 と、話あぐねている麻衣を見て、茂は焦ることをせずに、
「何でもいいんだ。一言話せば、俺が聞くこともできる」
 というと、少し安心したのか、小さな声で、
「分かりました」
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次