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墓前に佇む・・・

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 麻衣は最初の一年間は、ほとんど部屋から出ようとはしなかった。茂が情緒不安定になった時も部屋の中にいて、張りつめた空気の中で佇んでいたが、茂が落ち着いてきたのも、麻衣が部屋にいてくれるからだと気が付いた時、麻衣はやっと部屋から出ることができるようになっていた。
 田舎町なので、どこに行くというわけでもないが、なるべく茂は自分から麻衣を誘ってどこかに出かけようという気になっていた。
 田舎町ではあるが、電車に乗って四十分ほどで、都会に出ることはできる。一緒に出掛けたことも何度かあり、朝から出かけて、夕食は外食というのも少なくなかった。麻衣は映画が好きで、よく一緒に出掛けた。
「私、日本映画が好きなんです。恋愛モノとかいいですよね」
 街に出ると、いつもはしゃいでいた麻衣だったが、麻衣を正面から見るというよりも、その背中を見つめていることが多いのを茂は気にしていた。落ち着いた麻衣を正面から見つめるのもいいが、次第にはしゃいでいる麻衣の後ろ姿を見つめるのも悪くないと思うようになっていた。
 映画館に入ってじっとスクリーンを見ていると、急に館内が狭くなったような気がしてくる瞬間があった。そんな時、隣を見ると、麻衣がこちらを見つめている。スクリーンを見ているはずの麻衣がこちらを見ているのを感じるとドキッとして、真っ暗な部屋の中で麻衣の眼光だけが光っているのを感じると、まるで猫のような雰囲気になっていることに気付いた。
 麻衣が最初に部屋の前で待っていた時も、同じような気持ちになったのを思い出した。
――俺が保護してあげないといけない――
 それは麻衣が迷い猫であり、自分の部屋の前に狭い空間ができたと感じたのを思い出した。
 それからの茂は麻衣を自分の所有物のように思ってきた。平等の立場にならなければいけないのだろうが、茂はそこまで大人になりきれていなかった。いや、平等に感じることが大人の考えなのかどうかということ自体、おかしなことではないかと思っていた。
 麻衣が最初の一年間表に出なかったのも、表に出るのが怖かったからで、平等な気持ちでいたとすれば、その気持ちを分かってあげることができず、無理やりにでも引っ張り出そうとしたかも知れない。その頃の麻衣は、ちょっと触れただけで破裂しそうなデリケートな存在だった。
 麻衣に勇気がなかっただけではなく、茂にも麻衣を隠しておきたいような気持ちがあった。自分好みの女性にしたいという気持ちがあったのも事実だったが、麻衣が心を開くまでは、決して手を出したりしなかった。それは茂の信念であり、
「本能に勝てるものがあるとすれば、それは自分の中の本当の信念なのだろう」
 と思っていた。
 茂は麻衣がここに来てからも、墓参りだけは欠かさなかった。墓参りは早朝、麻衣が完全に寝入っているのを確認し出かけていた。朝日が昇ってくるのを背中に受けて、墓前に手を合わせる、
 その頃になると、墓参りをしているのは自分だけだと思っていたが、それが間違いだということに気が付いた。誰が参っているのか分からない。しかも痕跡を残さないようにしているのは、自分が墓参りしていることを、誰にも知られたくないからなのか、それとも茂が墓参りしているのを知っていて、茂に知られたくないという思いが強いのか、作為があることに、茂は少し違和感を持つようになっていた。
 違和感はあったが、だからといって、墓参りをしているのが誰なのか知りたいとは思わなかった。何となく想像で分かっていたのだが、どちらかというと顔を合わせたくないと思っている。
――墓参りをしている人はきっと女性だ。しかも、知っている人……
 という思いが頭を過ぎる。
 その人の顔を正面から見ることは怖いと思っていた。もし面と向かって出会えば、相手の眼光に目を逸らしてしまうのは必至であり、もし自分にできることがあるとすれば、後ろから眺めているしかないという思いだけだった。
 麻衣が表に出るようになってから、街に出かけた時、自分よりも前を行く麻衣の姿を見ている光景を思い浮かべるようになったのは、墓参りをしているもう一人の誰かを感じたからだった。
 墓参りをしているもう一人の誰かが、早朝に墓参りをしているのが茂であるということを知っているのであろうか?
――本当は知られたくないな――
 と茂は思っている。
 知られたくないという思いは、茂が自分の部屋に麻衣を「隠している」感覚に似ていた。麻衣が部屋から出たくないと思っているのは、表が怖いからというだけではなく、茂が考えている、「隠している」という感覚を麻衣が知っているからなのかも知れない。
 家を出てきたのはいいが、行くところもなくて、迷い猫のように茂の部屋に転がり込んだ。ここで茂を怒らせて部屋から放り出されたら、本当のノラネコになってしまう。ただ、麻衣は自分が猫のようだということに気が付いていた。決して犬ではないのだ。
「犬は人につくが、猫は家につく」
 と言われる、表に出ようとしないのは、家に自分が馴染むまで表に出るのが怖いという感覚を持っているのが麻衣だった。
――でも、いつになったら馴染むのかしら?
 それは茂に馴染めないというわけではない。
――ではなぜ?
 麻衣は気付いていなかったが、麻衣の中で、どうしても茂に対して許せないところがあるところがあった。それは麻衣を隠そうとしているところであった。その思いは麻衣を独占しようとしているわけではなく、自分が「飼っている」という感覚を持っていることだった。その思いが次第に強くなると、
――どうして、家を出てきたのかしら?
 というところに考えが立ち戻ってしまうからだ。
 もう親のところには戻れないと麻衣は思っている。茂についていきたいという思いは重々あるのだが、どうしても許せないところがあった。
 麻衣が部屋に馴染んできて、茂とも対等に話ができるようになると言い争いができるようになったのもそのおかげであった。
 しかし言い争いができるようになると、茂に対して何を許せないと思っていたのかということを忘れてしまった。
――あの人を許せないと思ったのは、そのことだけじゃなかったんだ――
 と思うと、麻衣は今でも続けている茂の墓参りが気になってきた。
 茂は麻衣が気付いていないと楽観していたが、実際には麻衣は知っていた。そして誰の墓に参っているのかも分かっていて、敢えて知っていることを口にはしなかった。
――きっとこのまま口にすることはないでしょうね――
 と麻衣は思っていたが、もし口にする気になってくることがあるとすれば、それはこの部屋から自分が出て行く時ではないかと麻衣は感じていた。

 茂は子供の頃を思い出していた。
 茂は好きな女の子がいた。その女の子が急に行方不明になった。その女の子の名前は松倉樹里。大人たちは事件としていろいろな憶測を話し合っていた。警察も動いているようで、子供の茂には、何がどうなっているのか、情報を整理することはできない。
 樹里が行方不明になったのは、誘拐されたからだと茂は信じて疑わなかった。遊んでいてもいつも最後に一人になるのは樹里だったからだ。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次