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墓前に佇む・・・

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 生みの親は誰か分からず、孤児院に入れられ、引き取られたという過去は、大いに同情するに値する。しかし、引き取られたところで、お嬢様として育てられたということは、引き取られてからは、それまでの人生を一変できるほど幸せだったと言えなくもない。
――それに比べて俺は……
 茂はいつも何かに追われていた。夢を見ていても、怖い夢を見て飛び起きることの方が多い。それは麻衣がこの部屋に来てからも変わらなかった。
「大丈夫?」
 と言って、心配そうに覗き込んでくれるが、
「ああ、大丈夫だ」
 と、息を切らしながら、呼吸が整うのを待つしかなかった。そんなある日のこと、同じように、怖い夢を見て、飛び起きた時のことだが、
「麻衣?」
「何でしょう?」
「君は、夢の中で何かに追いかけられる夢を見たことがあるかい?」
「ありますよ」
「君はその時、追いかけてくる者を見ようとする方かい?」
「私は、確認しようと思います」
 思ったよりも悩むことなく答えた麻衣に、
――彼女は、俺と同じ考えを持っているのかも知れないな――
 と感じた。
 そして、改めて聞いてみた。
「どうしてなんだい?」
「その人が誰であっても、私がその人の顔を見た瞬間に、目が覚めるからです。人から追いかけられる夢というのは、怖い夢ですよね。どうしてその夢が怖いのかというと、追いかけられること自体が怖いというよりも、誰に追いかけられるかということが怖さの正体だって思うんですよ。それに夢というのは、怖さの極限に立った時、目が覚めるっていうでしょう? だから、敢えて私は、相手を確認しようと思います」
 茂はやっと落ち着いてきて、笑顔を見せる余裕があった。
「ということは、麻衣は途中から、見ているのが夢であるということが自分の中で確信に変わっているということだね?」
 麻衣もニッコリと笑って、
「ええ、その通りですね。だから、怖い夢を見ている時ほど、怖いけど相手を確認しようと思います」
「それで、確認はできたの?」
「私の場合は、確認できる前に目が覚めたことも、確認したことで目が覚めたこともあるんです」
「ということは相手を見た?」
「ええ、しかも、今までに二回あるんですけども、その二回とも、相手が違っていたんですよ」
 この話には少し興味があった。茂も同じように相手を確認しようと思ったことがあったが、どうしても確認する前に目が覚めてしまった。
「私が確認できた一人は、知らないおじさんでした。その人は私を追いつめると、私の手を掴もうとしたんです。その時、どうして目が覚めないのか、自分でも分かりませんでしたが、襲われると思いました。その夢を見た時、私は高校生くらいだったんですが、夢の中の自分は、まだ幼女でした。そう、今の両親に引き取られる前の自分、記憶のない時期の自分だったんです」
 麻衣は、自分に幼女の頃の記憶が欠如していることを、話してくれていた。
――よほど嫌な思いをしたんだろうな――
 という意識はあった。それを思うと、麻衣が怖い夢を見る時に、いつの間にか幼女の時期に戻ってしまうのも分からなくもない。自己防衛本能から、怖い夢は恐ろしいことは、記憶のなかった頃のことだとして封印しようとしているのだろうから……。
「じゃあ、もう一人は誰だったんだい?」
「それが、もう一人の自分だったんです。この時夢を見ている自分は子供に戻っていたわけではなく、大人になっていた自分でした。その自分と瓜二つの自分が迫ってくるんです。これほど怖いことはありませんでした。確かに自分なんですが、まさか自分にあんな表情ができるなんてと思うほど、狂気の形相だったんです」
 茂はその話を聞いて、
「俺も本当は見ていたのかも知れないな」
「それはどういうこと?」
「俺の場合は怖くて相手の顔を確認できないんだ。ひたすら逃げようとする。それでも後ろが見えないと怖い。時々、後ろに迫ってくる気配だけでは不気味なので、相手がいることを確認しようとする。もちろん、顔を見ないようにしながらね。俺は本当に臆病なんだと思う。何度も後ろを気にしているうちに、気が付けば目が覚めている。ひょっとすると、目が遭ってしまい、相手を確認したことで目が覚めたのかも知れない」
「あなたが、臆病だとは私には思えないけど?」
「いや、臆病だから、こんなに何度も追いつめられるような夢を見るんだと思った。夢を見ることに対して、どうしてなんだろうという思いがないと言えばウソになるが、それはあくまで、どうして俺なんだろうという気持ちの方が強くて、夢を見ながら、自分の運命のようなものを呪っていたりするんだ」
「じゃあ、何も見ていないのに、夢から覚めたというの?」
「見ているかも知れない。夢というのは、目が覚めてくるにしたがって忘れていくものだって思うんだ。俺は恐ろしい夢を見ると、忘れることはないが、肝心なことだけが欠落していると思っている。だから余計に目が覚めてから感じるのは、怖い夢だということなのかも知れない」
「夢というのは、本当はいつも見ていて、覚えているのか、忘れてはいないが、記憶の中に封印しているものなのかも知れないわね」
 と、麻衣が結論めいたことを話してくれたので、茂は同じ夢の話でも、少し違った話をしてみようと思った。
「君は、夢の続きというのを見ることができると思うかい?」
 急に話を変えても、麻衣は別に驚いたわけでも、いつもと違うリアクションを示したわけでもなかった。
「私は見ることはできないと思っています」
「どうして?」
「夢から覚めるというのは、それなりに理由がある場所で目が覚めるんだと思うんです。中途半端に終わってしまった夢でも、それ以上見てはいけないから終わったんだって思うんですが、茂さんは違う考えなんですか?」
「僕は少し違う考え方を持っているんだ。夢を中途半端に見ていると思っていても、本当は最後まで見ているんじゃないかって思うんだ」
「どういうことですか?」
「君と僕の考え方の違いは、君は夢をまったく別の世界のように思っていることで、僕の場合は、現実があって夢があると思っているところなんだ。夢というのは、本当は全部見ていて、目を覚ますまでにどれだけ覚えているかということではないかということだね。だから、自分の意識の中には夢を格納しておく記憶装置のようなものがあって、記憶とは別物として、封印されているんじゃないかな?」
 麻衣はその言葉を聞いて、じっと茂の目を見ながら、
「私も似たような考え方を以前は持ったことがありました。いつの間にか忘れてしまっていたんですけど、今の茂さんの話を聞いて思い出してきました」
「人は、どこかで一度は夢について考えるものだと僕は思うんだけど、考え方も人それぞれでいいと思うんだ。ひょっとすると、それがその人の真実であって、いくつかパターンのようなものがあるのかも知れないね」
 麻衣の話は、一見矛盾しているようにも感じたが。夢にパターンがあるのであれば、それも仕方のないことだと思う。茂も自分の理論を語っているつもりだが、人によっては矛盾して聞こえるかも知れない。夢についていつも一人で考えていたが、一緒に話ができる相手ができたというのも悪くないと思った。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次