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墓前に佇む・・・

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 足元の影は歪んで見えている。しかも左右に微妙にブレていた。最初感じていなかった風だが、足元の影の左右の揺れを見ているうちに気にしていなかっただけで、風は吹いていることに気が付いた。
「こんなに風が吹いているのに」
 と思ったが、逆にもう少し風が緩い方が風を感じていたかも知れないとも感じた。
 その理由は。風の生暖かさにあった。
 肌に纏わりつくような風が吹いていて、心地よさとは程遠いものだった。もう少し風が弱いと、肌の産毛を刺激されそうで、風を感じることができる。もちろん、もっと強いと、身体全体で風を感じることができるので、意識しないわけには行かない。
「ひょっとして、風が吹いていないと思っている時は、肌にビッタリくると風が吹いているのかも知れない。風が吹いていないと時間というのは、存在しないのではなく、感じていないだけではないか?」
 と、思うようになっていた。
 部屋の近くまで来ると、いくら下を向いていても、さすがに分かるもので、頭を上げて、目の前に飛び込んでくる普段と変わらない光景が目の前に広がっているのを想像していた。しかし、目の前には一人の女性がこちらを見ていて、
――彼女は、俺を待っていたんだ――
 と、確固たる確証もないのに、そう思いこんだ。
 確固たる確証もなく思いこむことは茂には考えにくいことだった。自分では素直な性格だと思っているが、実際には疑り深いところがあり、人から聞いただけの話は絶対に信じないほどの男だった。
 ただ、自分の目で見たものは、疑いようのない事実なので、疑う余地など今までにはなかったが、その時は疑ってみた。そして、疑った上で、自分を待っていたという結論に結びつけた。自分が何かを信用するのに、目に見えたり、触れてみたりなどの現実的なことだけではなく、感覚的なもので感じることもあるのだと思ったのは、その時が最初だったのかも知れない。
 彼女は、茂のことを最初から気付いていたようだ。茂の顔を知らなかったと言っていたのに、下を向きながら歩いてきた茂を見て、その人が自分の探している人だということを分かったのは、彼女なりの根拠があったのだろうが、そのことについて詳しく話をしたことはなかった。
――そんな話は無意味なことだ――
 この思いは自分の中だけに収めていようと思った。
「相手に悪いから」
 というよりも、自分の中にある麻衣への気持ちにブレが生じることを恐れていたのだ。
「あの、大久保茂さんでしょうか?」
 いくら自分を待っていてくれた女性だとは言え、いきなり聞かれては、さすがに怪訝な表情をしてしまった。すぐに後悔したが、変えてしまった表情を敢えて元に戻そうとは思わなかった。それは男としての意地がなかったのかと言われればウソになるが、それ以上に、こちらの考えを見透かされてしまうのを嫌ったからだ。他の人にならいざ知らず、彼女にだけは、絶えず優位でいたいと最初から感じていたのは、彼女と会うのが初めてではないような気がしたからだ。
 ただ、逆に彼女とこれからずっと付き合っていけるという想像はできなかった。ただ、素直に感じたこと、やってしまったことであっても、後には引けないくらいの気持ちでいようと思った。
「はい、大久保茂です」
 声のトーンは表情とは違って、低音というわけではなかった。普段と変わらない。いや、会社の上司に話す時のような「よそ行き」の声だった。他人事を思わせるような声のトーンに、怪訝な表情という両極端に感じられる茂を見て、麻衣は戸惑っているようだった。
「私、何と言ってらいいのか……」
 言葉を選んでいるのか、それとも、ここに来たのを後悔しているのか、麻衣はどうしていいのか困惑の色を隠せないようだった。
 しばらく会話が停滞したが、
「僕に会いに来てくれたのかい?」
「あ、はい」
 少し麻衣の表情に、血の気が戻ってきた。それまでの麻衣の表情には血の気がなく、かなりの決意の元に自分の目の前に現れたことを茂は感じていた。
 茂とすれば、どんな理由があるにせよ、自分を訪ねてくれた相手に、事実を伝え、我に返らせることが一番だと感じたのだ。その考えは的中していたのか、麻衣の表情は少しずつ落ち着いてきた。
「ここでは何なので、もしよろしければ、部屋に入りませんか」
 そう言って、首筋の汗を手に持っていたタオルハンカチで拭いとった。
「あ、そうですよね。気が付きませんで申し訳ありません」
 茂は、やっと笑みを浮かべて、今まで誰も入れたことのない自分の部屋に、初めての来訪者を入れることになった。
「何もお構いできないけど」
 と言って、いつも帰ってきてから最初に飲めるように、冷蔵庫に冷やしておいたアイスコーヒーをグラスに入れて、ストローとガムシロップを添えて、彼女に出してあげた。
「あまり広い部屋ではないけど、とりあえずそこのテーブルに腰かければいい」
 リビング兼ダイニングにしている部屋に招き入れたが、座布団だけはいつ来客があってもいいように二つほど余分に用意していた。それが功を奏する日が来るのは分かっていたが、予期せぬ形で訪れるとは思っていなかった。必ず何かの前兆があると思っていたのだ。
 そういえば、最近何もない毎日が続いていた。以前は、
「墓参りさえできればいい」
 というくらいにしか思っていなかった。それなのに、自分に何が起こったというのだろう? 今まで二十年近く生きてきて、何もなかった人生を当たり前だと思っていた。しかし考えてみれば、人生に周期というものがあるとすれば、まだその周期が来ていないだけではないか、そして周期をもたらすのは、
「何か、変化がほしい」
 と、他力本願でもいいから、そう感じることなのかも知れない。茂は他力本願ですら考えたことはない。自分の中に勝手な領域を作って、一人で封建的な社会を作っているかのようだった。
「俺を支配できるのは俺だけなんだ」
 という気持ちが強かった。
 だが、時間が経つにつれて、不思議な感覚に捉われていた。
 最初は何の前兆もなかったと思っていたが、彼女と出会えたのは、虫の知らせのようなものがあったように思えてならなかった。
「そういえば、お名前まだ聞いていなかったですね」
 というと、さらに彼女は顔を真っ赤にして、
「そうでした、ごめんなさい。私は名前を櫻井麻衣と言います。麻衣の麻は、あさという字で、麻衣の衣は、ころもという字を書きます」
「麻衣ちゃんか、言い名前だ」
 茂にとって麻衣という名前は好きな名前だった。高校の頃にクラスメイトで、最初から高嶺の花と思って諦めていた女の子の名前が確か麻衣だった。彼女とはあまり似ているとは思えないが、偶然であっても、同じ名前の女性を意識するというのは、因縁を感じずにはいられなかった。
 ただの変わり者で、あまり人と関わりたくないと思っていた茂にとって、麻衣の出現は、今まで自分になかった周期が巡ってきた瞬間のように思えた。
「俺は、ここで有頂天になってもいいのかな?」
 と思った。
 変わり者と言われようとも人と関わりたくないと思っていたのは、正直に言うと、人間嫌いなところがあるからだった。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次