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表裏の真実

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 言いたいことはまだまだあるが、これ以上は話の腰を折るだけなのでやめておくことにするが、要するに公務員関係の連中は似たり寄ったりで、自分たち組織を守ることを優先するあまり、それが露骨に移ることもあるということである。
 そんな話を聞いていたので、由梨は今度の交通事故に対しても、ただの事故だとは思っていない。
 元々公務員になるくらいの人なので、それだけ細かいところのある人であるのは間違いないことだった。
 しかし、それだけに一生懸命に目標に向かう姿は、まわりから見ていても眩しいくらいに新鮮に見えた。それが理論に基づいたものであるため、人によっては堅物のように見られたり、融通が利かないと言われたりするものだった。
 しかも彼の部署は、財務に関係のある部署だったので、余計に細かいことを気にしないとやっていけない部署でもあった。
「まわりに優しく、自分に厳しくだね」
 というのは、彼の口癖だったが、
「そんなに気を張ることはないわ。だから私がそばにいるんじゃない。何かあったら私がいるから、いつでも私のところに帰ってきてくれればいいわ」
 というと、
「ありがとう」
 と心からのお礼を言ってくれたのが嬉しかった。
――彼の癒しになりたい――
 この思いは本音であった。
 由梨自身も人の癒しになれれば嬉しいと思っていた。それは自分が子供の頃におばあちゃんに感じた思いだった。
――その思いを好きになったこの人にしてもらいたい――
 というのは、自分でもなんとも健気な思いなのかと感じていた。
「由梨」
 と彼に呼ばれて、
「うん?」
 と答えた時、最初彼は、
「なんでもない」
 と言ったが、普段なら聞き逃したかも知れないのに、その時は何か気になって、
「どうかしたの? あなたらしくもないわね」
 と言って、元気付けたつもりだった。
 それだけ彼の元気は日に日になくなっていって、何かに思いつめたようなところがあると思っていた頃のことだった。
「俺、今度出向になるかも知れない」
「えっ?」
 その時だった。初めて彼の口から鉄道会社への出向の話があると聞いたのは。
 その会社は、あまり評判はよくなかった。
 従業員の態度は今に始まったことではなかったが、経営状態も逼迫しているような話だった。
「要するに、俺を危ない企業に追いやって、社会的地位を抹殺しようと思っているやつらがいるということだ」
 なかなか彼の口から本音が聞けなかったが、いろいろ話しているうちに、そこまで彼の口から聞こえてきた。
 まさかここまで言うとは思っていなかった由梨も、急に怖くなって、
「出向、やめるわけにはいかないの?」
「そうだな。役所と手を切って、俺は俺の人生をやり直すという選択肢もあるんだよな」
 と言ったので、
「ええ、そうよ。何も無理して嫌なところにいる必要もないわ。あなたらしくもない。別に義理立てる相手でもないんでしょう?」
「それはそうなんだが」
 どうにも煮え切らないところがあるようだ。
「だったら、気にすることなんかないわ」
「そうだな」
 と、彼も溜飲を下げていた。
 きっと彼は由梨のことを考えて、仕事は辞められないと思ったのだろうが、由梨の方では、
――気を遣う必要なんかない――
 と思っていたのだ。
 松山は、会社を辞める気になっていた。出向になるくらいなら、辞めた方がいいというのは当然の選択だったが、どうしても由梨のことが気になっていた。しかし、由梨が背中を押してくれたことで、自分のプライドが保てたのだ。ここでプライドを捨てるというのは、今度は由梨に対して失礼だ。せっかくの由梨の気遣い。甘えるのではなく、由梨に対しての義理を通すという意味でも、プライドを失ってはならないと思った。
 もう一つ考えたのは、
――逃げることになるんじゃないか?
 という思いだった。
 自分が一人なら、逃げることへの抵抗感もあっただろうが、今は守らなければいけない相手がいるのだ。まわりから逃げたと思われても、自分はプライドを守ったのだから、それはそれで潔いことのはずだ。まわりからの誹謗中傷など、時が来れば忘れられる。それよりもプライドを失ってしまうと、それを取り戻すのには、さらに時間が掛かることだろう。
 選択肢はほぼ決まった。
 心を決めてからの松山の表情は晴れやかだった。由梨にも彼の晴れやかな表情が誇らしく思えたのだが、松山のその表情に余裕が感じられたことで、
――ヤバい――
 と思った連中がいたのだろう。
 交通事故はそんな時に起こった。
 目撃者もほとんどおらず、公然と轢き逃げが行われた。警察も捜査を続けてくれてはいたが、どうにも信用できない。
 彼の勤めていた会社も冷たいものだった。
 形式的な手続きや表向きのお悔やみは施してくれたが、まったく温かさを感じない。由梨自身も、生前の彼が会社からどのような仕打ちを受けていたのか分かっていただけに、余計にこのタイミングでの事故は納得がいかなかった。
 会社側だけではなく、街の人も彼の死を騒ぎ立てることはなかった。
――一人の男が轢き逃げで死んだ――
 ただそれだけのことだった。
 由梨はそんなことを思い出していると、少し涙が出てきたようだった。
 それに気づいた岡本は、
「どうしたんですか?」
「あっ、いえ、昔のことを思い出していたものですから」
 マスターはそんな由梨の様子を冷静に見ていたが、その目には温かさがあった。
 マスターは由梨から彼の話を聞かされていた。理不尽な気持ちになっていて、やりきれなくなることがあることを、打ち明けていたのだ。
 まわりの人は皆知っていても、その話題には敢えて触れないようにしている。それは由梨のことを気遣ってというよりも、その話自体が、すでにタブーの域に入っていることを示していた。
「僕からは、何も言ってあげられないけど、ここは、由梨ちゃんのように心に傷を持っている人が癒されに来てくれるのを待っている場所でもあるんだ。だから、何か僕で役に立てることがあれば、言ってくれればいいからね」
 と話してくれた。
「優しいんですね?」
 と言って、涙が止まらなくなった由梨に対して、
「いいんだよ。いくらでも泣けばいいからね」
 とマスターは由梨の行動を否定することはなかった。
「誰にだって、一つや二つはそんな思いはあるものだよ」
 人によっては、その言葉が相手を孤独に追い込む場合もあるが、由梨にはそんな感覚はなかった。そのこともマスターには分かっていて、言葉にしたのだろう。そう思うと、マスターという人の人間性もこの店の雰囲気に合っていて、暖かさが感じられるのであった。
 今までにこの店に他の人を連れてきたことのなかった由梨が、誰かを連れてきた。しかもそれが男性であるということに、少し違和感があったマスターだが、そんな気持ちを顔に出すこともなく話を聞いていると、
――何か、曰くがありそうだな――
 というのは分かった。
――もう少し、様子を見てみるか――
 と思いながら、マスターは忙しく立ち回りながら、二人を見守っていた。
 岡本は、彼女が自分をここにどうして投書までして、呼び寄せたのか気にはなっていた。しかし、いきなり聞いてみようとは思わない。
作品名:表裏の真実 作家名:森本晃次