表裏の真実
「地元の人だと、どうしても、この辺りの事情を知っている人になるでしょう? 当然贔屓目に見たり、個人的な気持ちが入り込んでしまうので、公平な目で見てくれないと判断したんです」
「なるほど、それは賢明かも知れませんね。私があなたの立場でも、そうしたかも知れませんね」
事情も分からず、勝手なことを言ってしまったと思ったが、それも見越しての招待だったのかも知れないと思った。探求心がないとせっかくのネタも、尻切れトンボで終わってしまうだろう。そう思うと、呼ぶ方も来る方も、辛い結果にしかならない。
「東京にも事故多発地帯というのは当然あるんでしょうね」
「ありますよ。でも、こちらとは視点が違っていて、事故が頻発するのは、それだけ車の量も人の量も多いからだと単純に言い切る人もいます。それでは何の解決にもならないのにですよ。評論家がそんなことを言いだしたら終わりなんですけどね」
そう言って、岡本は苦笑いした。
さらに岡本は続けた。
「都会での事故多発地帯というのは、ある程度パターンが決まっていると思うんです。ある程度区画整理されていることもあって、都会の道は、建築上の一種の法則のようなものがあるような気がするんです。だから、事故が起こりやすい場所というのは、ある程度予測もつく。その対処法も分かってきてはいるんでしょうが、どれだけ真剣に自治体が動くかということですよね。そこに政治家や企業との癒着が絡んでくるとややこしくなる。スクープとしては狙い目なんでしょうけど、その分、危険性も大いにある。手を出してはいけない『パンドラの匣』と言えるのではないでしょうか」
それを聞いていた由梨は、
「なるほど、確かにそうですね。都会の場合には、支出の問題が段階を追うので難しいんでしょうね」
「田舎でも、実際に自治体ごとに調べると、結構、汲々としているところも多く、なかなか支出もままならないところが多いでしょうね。特に労働力を都会に取られて、田舎の企業に就職する人なんてなかなかいないでしょうからね」
と岡本は言った。
「都会でも田舎でも、抱えている問題は一緒だということなんでしょうね。それぞれに事情と立場が違っているだけの違いなのかも知れません」
ざっくりとした発想ではあったが、その言葉には重みがあった。由梨にも、それくらいのことは分かっているのだろう。
「ところで、田舎の事故多発というのは、何か記事になりやすいことなんですか?」
と、岡本は聞いてきた。
「ええ、その場所は昔から悲惨な事故が起こる場所ではあったんですが、なぜか話題になりにくかったんです。何年かに一度大きな事故があるんですが、そんな時に限って、他で大事件が起こって、マスコミは皆そっちに行ってしまって、こちらの事故は新聞の端の方に小さく載っているだけなんです」
「それは、面白い現象だね。あ、いや、面白いなんて不謹慎かな?」
「いえ、いいんです。不謹慎なくらいに興味を持ってくれないから、せっかくの話題が萎んでしまう。本当は大きな記事になって話題になれば、警察や自治体も、放置しておくわけにはいかなくなるなずですよね。私の狙いはそこなんです」
「そうなんですね」
「ええ、いくら、街の人たちがそれぞれで訴えても、自治体も警察も真剣になって動いてはくれません。事故の重要性に気づいていないわけはないと思うんですが、どうしてなのか気になるところです」
「なぜなんでしょうね?」
「実は、その場所で悲惨な事故は起こっているんですが、不思議と死人は出ていないんですよ。車が大破したり、田んぼに突っ込んで、ひっくり返っていたりと、悲惨な状況ではありながら、車から放り出されて運転手は助かったり、意識不明に重体に陥ったりはしても、実際には死んでいなかったりと、死亡事故に関しては、ほとんどないんですよ。それもなかなか警察や自治体が動いてくれない理由の一つですね」
「警察は、何か事件が起こらなければ、何もしませんからね。ストーカー被害にしたって、本人が殺されなければ、何もしないんだ。本当にあの連中こそ、正義の皮をかぶった悪党なんじゃないかって思いますよ」
言い過ぎかも知れないと思ったが、誰もが似たり寄ったりの考えを持っているのではないかと思った。かくゆう、由梨もその一人で、大人しそうにしていると顔には出ないが、酔っぱらったりすると、出てくるかも知れないと危惧したことがあった。しかし、それも最近我慢することを覚えて、
――今の私なら、大丈夫だわ――
と感じるようになった。
ただ、それは大人になった証拠などではなく、由梨が自分に課した課題であった。それを成就できなければ、自分の未来はないとまで思っていたほどで、その思いはすぐ現実のものとなって現れるのだ。
「それにしても、本当に不思議なんですよ。あれだけの惨状を見ると、結構スピードを出して走っていたはずなのに、どうして死亡事故に繋がらないのか」
「どこかに祠でもあって、その祠の神様に守られていたりするんじゃないのかい?」
「そうかも知れませんね」
由梨から見ると、現実的なところがありそうな第一印象だった岡本の口から、神様の祠などという言葉が出てくるというのは、実に意外な感じがした。しかし、それだけ自由な発想も浮かべることのできる頭の持ち主だと思えば、そこが普通のジャーナリストと違って、フリーのルポライターとしての強みなのではないかと思えてきた。
「岡本さん、そんなところって、全国にはいっぱいあるんでしょうね?」
「ハッキリは分からないけど、オカルト的な発想の場所は、いくらでもあるんじゃないかな? 少なくとも昔から街に伝わる伝説のようなものは、どこにでも存在しているような気がする。ただそれが今の時代に合致しているかどうか分からないことで、なかなか表に出てきているものは限られるんじゃないかって思っているよ」
確かにその通りだ。
福岡の、一部の地域しか知らない由梨には、フリーということで厳しいのだろうが、それでも全国を飛び回っている岡本を羨ましく思えてきた。岡本を見ていると、一度、旅行というだけではなく、何かの探求に他の地域を訪れてみたくなってくるのだった。
「マスターは、福岡のことはよくご存じなんですか?」
と、由梨が会話をマスターに振った。
いきなり話題を振られたマスターだったが、慌てることもなく、
「まあ、僕もこの土地が長いので、それなりにいろいろな話を聞いたりもしますね。ただ、最近の話題というわけではなく、話題があったとしても、それは昔にも聞いた話だったりするので、目新しいものではないですね」
「例えばどんな話?」
「これは、福岡だけの話ではないと思うんですが、よくある話として、ダムの近くを走る道では、幽霊が出るなどの話は結構有名だったりしますよ」
「私も少しだけ聞いたことがある気がします。途中のトイレに幽霊が出るとか、カーブのあたりが事故が起こりやすいとか、そんなたぐいですよね?」