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表裏の真実

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 と言って、今にも飛びついてきそうな雰囲気にたじろぎながら、心の中では、
――手紙の内容にも興味があったからね――
 と言っていた。
 口から出てしまいそうになっているのを必死に抑えながら笑顔を見せたが、自分でも顔が引きつっているのを感じていた。そんな岡本を見ながらの由梨の顔は苦笑いではない、普通のあどけない笑顔を向けていた。
 彼女の特徴は、絶えず相手の顔を正面から見ることのようだ。このことは、最初に感じたが、それ以降もこの気持ちが揺らいだことはない。そういう意味では、由梨という女性は、分かりやすい性格のようだった。
「立ち話もなんですので、まずは行きましょうか?」
「ええ」
 岡本は博多駅前のビジネスホテルを予約していた。まずはチェックインして身軽になりたかった。
 必要なもの以外を部屋に置いて、身軽になってロビーまで下りてくると、由梨がどこかに電話をしているようだった。その表情は先ほどのあどけない表情とは打って変わって、険しい表情になっていた。
――彼女もあんな表情するんだ――
 雰囲気から見て、二十代後半か、三十代前半くらいに見える。
 そのくらいの女性なのだから、彼氏の一人や二人、いても不思議ではないだろう。ただ、雰囲気から察すると、相手は付き合っている男性との会話には思えなかった。表情はずっと同じく険しいまま、感情が一つに固まっていることを感じさせるものだった。
――相手が少しでも心を通わせたことのある相手との会話とは思えない――
 あまり人の観察が得意ではない岡本だったが、彼女の表情を見ている限りでは、間違いないような気がしてならなかった。
 岡本はしばらく彼女の様子を見ていることにした。
 口調と表情は相変わらず、何かで揉めているのは分かったのだが、どうやら、会話は進展しているようではないようだ。相手も同じことを繰り返し言っているのかも知れないが、由梨の方も繰り返しているように思えてならない。
 そのうちに我に返ったのか、由梨は時計を見た。その時、表情が焦りに変わり、まわりを見渡す余裕が生まれた。
 余裕と言っても、一点を見つめていたのが、視野が広がったというだけで、実際には表情に現れている焦りが完全に余裕を取り戻したわけではないことを物語っていた。その表情には、
――ヤバい――
 という焦りが浮かんでいて、由梨を待たせているという現実を思い出したのだろう。
 少しでも元の顔に戻そうと表情を和らげようとしているのを見ると、少し滑稽に感じられた。
――大丈夫なのかな?
 と感じたが、すぐに元のあどけない表情に戻ってくるのを見ると、少し安心した。
 しかし、その安心は完全なものではなく、簡単に表情を戻すことのできる彼女の二面性が垣間見えたようで、少し由梨に対してのイメージを変えた方がいいのではないかと思ったのだ。
 由梨の表情が完全に最初の顔に戻ったと思ったその瞬間、由梨と目が合った。
――彼女は、最初に感じたあどけない表情にならなければ、まわりが見えないところのある女性になってしまうのかも知れない。そして、普段の彼女は、それとは逆に、まわりへの気配りができていて、完璧に近い女性なのかも知れない。どちらが本当の彼女なのか分からなかったが、ひょっとすると、どちらも本当の彼女であり、まわりが決めることではないのだろう――
 と岡本は感じた。
 携帯電話をしまって、由梨はこちらに近づいてきた。その視線は真っすぐに岡本を見つめている。
――この表情だ――
 この表情を見てしまうと、さっきの由梨はまるで別人のように思えてしまう。
 いや、別人だと思いたいという感情が芽生えていた。それだけ今のあどけない表情は、自分にとっても宝物のようなものに思えてきたのだ。
「今日はもう遅いので、取材には明日行きましょう」
 と由梨は言った。
 時間的には、西日の時間に差し掛かり、後少しで日没時間だった。夜に行っても意味がないことは、何となく分かったが、確かに今から初対面の男女二人きりで出かけるところではなかっただろう。
「そうですね。明日にしましょう」
 と二人の意見は一致し、
「夕食でも行きましょうか?」
 と、由梨が誘ってくれた。
「ええ、どこかいいところありますか?」
「じゃあ、私がたまに行くところに参りましょう」
 と言って、由梨が連れて行ってくれたところは、小さなバーだった。
 名前をバー「サンクチュアリ」と言った。
 雑居ビルの一角にあるその店は、隠れ家というイメージがピッタリだった。
「ここは、食事も結構いけるんですよ。マスターの創作料理なんですけどね」
 岡本も、東京に帰れば、自分にも行きつけの店はあった。
 そこは、同じような小さなバーで、雰囲気も似ていることから、違和感なく入ることができた。まさに、隠れ家にふさわしいところだった。
「いらっしゃい」
 マスターが一人、カウンターの前で仕込みをしていた。
「いいかしら?」
「ええ、どうぞどうぞ」
 と言って、マスターが招き入れてくれた。
 時間的には、まだ六時前くらい、本当なら開店までには一時間近くあったはずだ。それなのに、気軽に招き入れてくれたということは、よほどの常連なのか、マスターと気心が知れている証拠だった。
「開店前なんだけど、マスター優しいから、入れてくれるのよ」
 というと、マスターは苦笑いをしながら、
「由梨ちゃんには世話になっているからね。由梨ちゃんがいてくれるので、留守番を頼むこともあるくらいですよ」
 と言っていた。
「僕も、東京で似たような店を馴染みにしているので、自分の隠れ家に帰ってきたような感じですよ」
 と岡本がいうと、
「どうぞ、ゆっくりしてください。自分の家のように思ってくれてもいいですよ」
 と言って、マスターはニコニコしている。
 そして、返す目で由梨を見つめたが、目が合った由梨は軽く頭を下げると、アイコンタクトが成立したのか、ニッコリと笑った。
 二人は、ビールを注文すると、乾杯して会えたことを喜んだ。
「実は再会なんですよ。岡本さんは覚えていないのかも知れませんけどね」
「お手紙をもらったことで、名刺を渡した相手だとは分かりましたが、何しろ前に来た時はバタバタで移動したので、誰に何を渡したのかというのも分かっていない次第で、申し訳ありません」
 というと、由梨は納得しているような表情で、
「分かっていますよ。だから私もお手紙を岡本さんに送ったんです。下手に事情を知らない人の方がいいような気がしたんですよ。それに前に会ったと言っても少しだけだったんですが、岡本さんには、やる気のようなものを感じたんです。だから、お手紙を差し上げました」
「ありがとうございます」
「そうじゃないと、わざわざ福岡まで来てくれませんからね。やっぱり私の思っていた通りの人だったわ」
 というと、
「いえいえ、買いかぶりすぎですよ」
 と謙遜して見せた岡本の表情は、すでに無防備状態だった。
「それにしても、私のような正体不明のルポライターに来てほしいと思ったのは、よほどのことなのかって思いましたよ。しかも、東京から九州ですから、距離もありますよね。地元の人ではダメだったんですか?」
作品名:表裏の真実 作家名:森本晃次