表裏の真実
しばらくは何もする気にはなれず、友達のところに居候していたが、コンビニでアルバイトをするようになってから、コンビニの近くのアパートを借りた。
――松山さんが生きていたら……
と、今さら死んでしまった彼のことを思い出しても仕方がないと感じている反面、一度思い出してしまうと、夢にまで出てきたようで、目覚めが悪かった。
――どうして、思い出したりしたの?
本当は忘れてしまわなければ、前に勧めないと思っていたはずだった。だから事故多発地帯の情報も、七日辻ではなく、わざと逢坂峠にしたのだ。
逢坂峠の話題が岡本の記事でブレイクしてしまったことで、すっかり七日辻の話題は薄れていった。本当であれば、どちらがオカルトなのかと言えば、七日辻のようではないのだろうか。
――あそこは、車同士の事故だと、悲惨な事故が多いのに、なぜか死者が出たことはなかった。歩いていて交通事故に遭って死んでしまうというのは、松山を含めて結構いるのに不思議なことだ――
しかも、七日辻に対して、誰もが事故多発地帯だという意識はあるのに、逢坂峠のような不気味さを感じない。やはり、昔から言われているダム湖の怨念のようなイメージが七日辻にはないからだろう。
由梨が七日辻に興味を持ち始めてから、急に彼女のまわりで不可思議なことが起こるようになった。
コンビニでのアルバイトの帰り、由梨が裏路地を歩いていると、スピードを出した自転車が走り寄ってきた。
由梨もその気配に気づいていたが、振り返るのが怖くて振り向かなかったのだが、気配はするのに、一向に自分を追い抜こうとする感じではなかった。由梨はビックリして後ろを振り返ったが、そこには自転車はいなかった。
「なんだ、気のせいだったのかしら?」
と思ったが、ちょうど四つ角があるところから曲がって行ったのではないかとも思えてきて、どちらにしても、ホッと胸を撫で下ろした。
再度、前を向き直って歩き始めたが、また後ろから自転車が追いかけてくる気配を感じたのだ。
今度は反射的に後ろを振り向いたが、やはり、自転車を見つけることはできなかった。
「どういうことなのかしら?」
と思って、頭を傾げながら、再度前を向き直ると、そこには、猛スピードで走り去る自転車があった。
「えっ、いつの間にか、私を追い越したということなの?」
反射的に振り向いた時、感じた恐怖で、そばを自転車が通り過ぎて行ったことにすら気づかなかったということなのか、由梨はおかしな気分になり、今まで自分が歩いてきた道が見えなくなってくるのを感じた。
しかも、さっきまであれだけ感じていた疲れが一気に消えてしまっていた。サッパリとしているわけではないが、疲れだけが消えていたのだ。
由梨は身体から力が抜けてくるのを感じた。いわゆる脱力感なのだが、息苦しさを感じているにも関わらず、疲れは感じていない。まるで宙に浮いているような感覚を覚えたが、まっすぐ歩いていると、いつの間にかすでにっ数十メートル先に進んでいたのだ。
――あの自転車もそんな感じなのかも知れないな――
と思い、自転車の後ろを眺めていた。
すると、急に恐ろしさが芽生えてきて、目の前が真っ暗になるような気がした。
自転車がちょうど四つ角に差し掛かった時、左から猛スピードで車が走ってきた。
自転車を物ともせず、一気に走り込んでくると、案の定、衝突したのだ。自転車は吹っ飛び、車はそのままブレーキも踏まずに走り去る。
後には、車と自転車が激しくぶつかった音が響いているにも関わらず、誰も表に出てこようとする人はいなかった。
――誰も気づかないのかしら?
由梨は急いで現場に駆け付けたい気持ちはあったが、足が前に進んでくれない。
――疲れは消えているはずなのに――
何とか、時間を掛けてその場に駆け付けた。飴のようにひん曲がってしまった自転車と、生々しい血糊が残っていたが、不思議なことに、自転車を運転していたはずの人は、どこにも見当たらなかった。
――そういえば、走っている自転車は見たけど、今思い返してみると、誰かが乗って運転していたという意識はないわ――
と感じた。
それなら、最初に違和感があったはずなのに、どうして後になって思い出さなければ分からなかったのか、由梨には不思議だった。
本当であれば、急いで警察に知らせなければいけないはずなのに、知らせる術を知らない。電話をすればいいはずなのに、どう説明していいのか分からず、
「いたずら電話はやめてください」
と言われるのがオチだった。
――被害者のいない事故現場、このままなら、私が疑われる――
と思ったからだ。
由梨はどうしていいか分からず、とりあえず、コンビニに戻って、他の人に相談してみるしかないと思った。
踵を返して、コンビニまで戻ろうと少し歩き始めたその時、またしてもゾクッとしたものを感じ、元の事故現場に戻ってきた。
すると、そこには自転車の悲惨な姿は残っていたが、あれだけ鮮明だった血糊は消えていた。
――一体、どういうことなのかしら?
ここで何かが起こったのは間違いないけど、死体も痕跡もないというのは、信じられるものではなかった。
由梨はもう一度、壊れた自転車を見た。
するとその自転車は、完全に錆びついていて、人が乗って走れるほどのものではなかった。まるで何年も雨風に晒された状態で放置されていたかのようで、
――私が見た事故って、本当に今のことだったのかしら?
と思わないわけにはいかなかった。
まるで夢を見ているような気がする由梨だったが、よく見るとその自転車に見覚えがあった。
――そうだ、松山さんが乗っていた自転車がこんな感じだったわ――
彼は役所まで自転車で通勤していた。
事故に遭ったあの日は、なぜか徒歩での通勤だったのが不思議だったのだが、その理由としては、その一週間ほど前に自転車を盗まれて、盗難届を出していたことで、説明がついた。
――あの盗まれたはずの自転車が、ここに?
一体、何が起こっているというのか、由梨は自分に何か訴えかけているものを感じていた。もし誰かが訴えているのだとすれば、それは松山しかいない。何を由梨に暗示させようというのだろうか。
――あれは夢だったのだろうか?
由梨は、そのままその場所を後にした。
今度は振り向くことなく家路についた。最初に戻ろうとしたコンビニとは正反対の方向に歩を進めると、気が付けばアパートの前まで来ていた。急いで部屋に入ると電気をつけ、すでに電気をつけなければ部屋の中は暗い時間になっていることに初めて気が付いた。
――表はあんなに明るかったのに――
と思って、窓から表を見ると、すでに日は西の空に沈んでしまっていて、漆黒の空に星が一つ輝いて見えた。星は煌いていて、星を見たのも本当に久しぶりだと感じたのだった。
不気味なほど静かな部屋だったが、急にガシャンという音が聞こえて、ビックリして表に飛び出した。
音は自転車置き場からのもので、一台の自転車が風に煽られたのか、倒れそうになっている。そのため、隣の自転車から向こうが将棋倒しのようになり、四台の自転車が斜めに傾いていた。