表裏の真実
ただ、彼女の言い回しとして、
「でも、あなたたちには、私と同じ立場になんかなれっこないのよ」
と言いたげだったようにも思えた。
そう感じたのは由梨の方で、由梨は田舎の生活も、そこで育まれた閉鎖的な性格も分からない。
しかし、孤立していて、信じられる人がおらず、唯一いたその人も、交通事故で亡くしていたのだ。立場も経緯も違っているが、行き着くところは同じではないかと思うと、彼女の言いたいことも分からなくもなかった。
しかし、行き着くところがどこなのかがハッキリと分かっていないと、彼女の発想の先と交差するところまできて、本当は立ち止まらなければいけないところで立ち止まれず、そのまま、行き違ってしまっては、今度は永遠に交わることがなくなってしまうだろう。
もちろん、地球を一周すれば、また交わることになるのだろうが、そんな気が遠くなるような天文学的な発想は、ナンセンスというものだ。
由梨は岡本の反応を窺っていた。岡本が閉鎖的な田舎町出身であるということまでは知る由もないが、何か岡本なら自分にないものを持っていることで、彼女に近づけるのではないかという一縷の望みのようなものがあったのだ。
「このあたりは、昔は集落はなかったんですよ。皆もっと下の方に住んでいた。そこはまわりを山に囲まれていて、村から出るのも、都会から入ってくるのもままならなかった。でも、そのおかげで自由な文化が生まれ、自給自足の中で形成された文化は、いずれ、集落から筑紫地方全体に広がった。今でもその名残を残した街もたくさんあり、ただ、どことして同じ文化を受け継いだところはなかった。それだけそれぞれに意地とプライドのようなものがあったということなんでしょうね」
まくしたてるように話すその女性は、そこまで話すと少し落ち着こうと、自ら話をやめた。
その話をじっと黙って聞いていた岡本が、何か話したそうにしていたのは分かっていたが、彼女のまくし立てるような話し方にたじろいでしまったのか、何も言わずに考えているようだった。
それならばと、
「私も同じS町に住んでいながら、こんなところがあるなんて、まったく考えたこともありませんでした。子供の頃にダムの向こうからにある遊園地に何度かつれてきてもらった程度で、このあたりに入り込むことはほとんどなかったからですね」
と由梨は話したが、実は半分ウソだった。
民家のあるところまで来ることはなかったが、松山が死んでからというもの、しばらくはショックで仕事を休んでいたが、その時は、ほとんど毎日、逢坂峠へやってきていた。
もちろん、そんなことをしても、彼に会えるわけでも、彼が生き返るわけでもないのだが、じっとしていられなかったというのが本音である。
それでも、黙って一人で逢坂峠の近くにある公園のベンチに座って、一人考え込んでいると、風が吹いてきただけで、まるで松山が話しかけてくれているような錯覚に陥るのだった。
「松山さん」
風に語りかけるという行動も、ためらうことがない。むしろ、風が何かを答えてくれているように思えて、ひょっとすると、答えてくれているのは松山ではなく、この場所で事故で死んだ他の人の悲痛な叫びではないかとも思ったが、その時はそんなことはどうでもよかったのだ。
ただ、一人でいるだけで、喧騒とした街に戻るよりもましだった。聞こえてくる声は、時として断末魔の叫びのようにも聞こえ、彼らが何を言いたいのか、その時には分かっていたような気がした。
しかし、冷静になって松山の死を受け入れられる精神状態に戻ってくると、二度とこの逢坂峠には足を踏み入れたくないとまで思うようになっていた。それが自分にとっての松山との別れであり、一つのけじめのように感じたからだ。
ただ、その思いは二年ともたなかった。
松山の事故の真相を明らかにしなければ、自分は松山の死を乗り越えることができないと感じたのだ。
それは、松山への想いというだけではない他にも理由があるのだが、だからこそ、わざわざフリーのジャーナリストを東京から呼んだのだ。もし、そうでないのであれば、地元の人でもいい。他の土地の人の目から見た何かの中にこそ、真実が隠されていると感じたのは、今でも大げさなことではないと感じている。
「そういえば、二年ほど前でしたでしょうか? あそこで亡くなった方がいたんですが、その時、私はその人の遺品を拾ったんですよ。本当は警察の方に渡さなければいけないと思っていたんですが、現場検証が行われている最中は、お忙しいと思って、終わってから渡そうと思ったんです。でも、あっという間に撤収されていて、渡す相手がいなかったんですよ」
「それは今、どこにあるんですか?」
「亡くなられた方のものですので、めったなことはできません。だから、うちにある仏壇に供えているんですよ」
「そうだったんですか」
その話に今度は岡本が反応した。
「見せていただくわけにはいきませんか?」
「いいですよ」
と、彼女の許しを得たところで、二人は遺品というものが見たい一心で、彼女の家にお邪魔することにした。
家は完全な昔ながらの農家の家で、奥の大広間に仏壇が設けられていた。部屋全体が大きいせいか、仏壇が小さく感じられたが、実際に仏壇の前に座ると、普通の大きさであることが分かり、あらためて、部屋の広さを感じることになった。
彼女が正面に座り、うしろに来訪者二人が座る形で、まずは仏壇にお参りをする。線香の香りが部屋全体を包んでいた。大きな日本間では、襖も全開にしているので、風通しがよかった。それでも線香の香りが充満しているということは、普段からの線香の匂いがこの部屋に染み付いているという証拠であろう。
手を合わせて念仏を小さい声で唱えている彼女の姿も実にさまになったものだ。完全に農家の女性だということである。
一分ほどの読経が終わると、いよいよ、事故に遭った人の遺品との対面だった。仏壇の前にはたくさんのお供え物があり、その中心に、その遺品は供えられていた。いや、飾られていると言ってもいいかも知れない。そこに置かれていたのは、腕時計だった。
銀色のベルトの最近ではあまり見かけないようなフォルムに岡本と由梨は目を合わせ、その遺品をまず、岡本が手に取った。
最近のように、携帯、スマホが主流になっていると、腕時計をする必要がない人が増えてきた。しかも、その時計はデジタルではなく、三本の長短の針がしっかりとある結構、高価に見える時計だった。
岡本はその時計を見て、他人事のように、
「なかなか最近では珍しいですよね。でも、これだけのものは結構高価なのかも知れませんね」
と、由梨の方を向くと、由梨はその時計から目が離せないほどに凝視していた。
「穴が開くほどに見つめている」
という表現がぴったりではないだろうか。
「どうしたんですか?」
最初に、由梨の異常に気づいたのは、彼女だった。
「あ、いえ」
由梨も戸惑いながら、空返事をした。
「ひょっとして、あなたがプレゼントしたものだったりして?」
とオドけたように言った彼女の一言に、由梨は身体が固まっていくのを感じていた。
その様子を見ていた岡本が、