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表裏の真実

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――ただの地名なんだ――
 と思っていたので、別に不思議はなかったのだが、松山が生前に教えてくれたことがあった。
 デートの時に、ダムの向こうにある公園に出かけた時のことだった。松山の方が話してくれた。
「どうして、ここを逢坂峠っていうか知っているかい?」
「いいえ。普通に地名だとしか思っていなかったわ」
「確かにその通りなんだけど、ここはダムができる前は、峠だったんだよ。そして、峠には茶店があって、登山をする人も結構いたようなんだ。山の向こう側から坂を登ってくる人たち、そして、こちらの側から登っていく人たち、それぞれが、この茶屋で出会っては、健闘をたたえあっていたというんだ。そういう意味で、『坂を登ってきた人たちが逢う峠』ということで、逢坂峠という名前がついたんだ」
 と聞かされた。
 その話を岡本にすると、
「なるほど、ダムができる前の話だったんだね。つまりは、人と人が出逢う場所、ここにはそういう含みがあったんだ。だから、車で無謀なことをすると、静かな山で唯一人の楽しそうな声が響いていたはずの場所を、今ではエンジンの轟音だけが響いている。山に神様がいるのか、それとも、ダムの底に沈んだ村に住んでいた人が立ち退いた後も、魂だけがここに残っていて、静寂の中での安住の地を見つけたと思っていたのに、あの轟音ではたまらないわけだな」
 岡本は自分なりに分析し、纏めた意見を話した。
 由梨は岡本のようなものの考え方ができる方ではなかった。
「岡本さんって、思ったよりも幻想的な考え方をされるんですね」
 少し皮肉を込めたつもりだった。
「幻想的といえば幻想的だけど、冷静に考えて話したつもりなんだよ」
「じゃあ、岡本さんは、何か見えない力というのを信じているんですか?」
「ああ、信じているよ。考えてもごらんよ。見えない力っていう表現だって、何だか微妙なんじゃないかい? 力なんてもの、大体は見えないものなんじゃないのかな?」
 確かに言われるとおりだ。
 逆に、見える力というものを見せてほしいものだ。
 それは「言葉のあや」とでもいうべきか、
――力が生み出すもの――
 が見えるか、見えないかという意味で、力そのものが見えるわけではない。そういう意味では、
――言葉足らず――
 という表現が一番しっくりくるような気がする。
 力というものが見えないので、その力が作用して生まれたものが見えるか見えないかという発想なのだろう。生まれたものまで力として含むかどうかという意見はあるだろうが、岡本は、実際に目の前に現れたことよりも、その過程の方を重視しているのかも知れないと思えた。
 人はとかく結論から物事を判断するものなのだろうが、原因から導かれる結論として、あまりにもかけ離れたことに対して、その過程を顧みる。そして、顧みた過程が自分の中の想定を逸脱している時、
――見えない力――
 を信じるのであろう。
 そう思うと、岡本と自分、どちらが果たして冷静にものを見ているというのか、分からなくなってきた由梨だった。
 事故多発地帯である逢坂峠から、しばらくダムの方を診ていたが、岡本は、今度はダムの奥の方まで車を走らせると、そこに点在する民家があった。そこに岡本は目をつけ、
「ここで少し、民家の人に話を聞いてみることにしましょう」
 と言って車を止めた。
 実際にこのあたりにくるのは久しぶりで、民家が点在していたのは知っていたが、このあたりで表に出るのはおろか、車を止めることもなかった。何も見るところのないこのあたりで車を止める人など、普通はいないだろう。
 道から民家までは少し歩かなければいけない。なぜなら、家までは段々畑になっていて、畑を道なりに上っていかなければならなかったからだ。
 車を降りるとさっきまであれだけ湿気を感じていたはずなのに、少し離れているとはいえ、一キロも離れてはいない。それなのに、湿気を感じることもなく、日の光も十分に降り注いでいた。
 それは岡本にも分かっているようで、彼は車を降りると、すぐに深呼吸を始め、気持ちよさそうに顔に手を翳して、光を遮りながら、太陽を見つめていた。
 一番近い民家の近くまで近づいてくると、さっきまでは見えなかったはずの人が、目の前にいた。どうやら農作業をするのに、腰を直角くらいに曲げていたので、下からでは見えなかったのだろう。自分たちが近づいてきたことで気配を感じ、重い腰を持ち上げたところを、見つけたのだった。
「おはようございます」
 最初に声をかけたのは、由梨だった。
 農作業をしている人は頭から手ぬぐいを冠っていて、それを取るとそこにいたのは、三十歳代くらいに見える女性だった。もんぺ姿に手ぬぐいを冠った姿を見れば、まず想像するのは老人ではないだろうか。
「おはようございます。どうかしましたか?」
「あ、いえ、私はこういうもので、この道を下ったところにある逢坂峠というところを取材に来た者です」
 と言って、岡本は自分の名刺を差し出した。
「それはそれは、ご苦労様です。わざわざ、東京から来られたんですね?」
「ええ、事故多発地帯については、私も気になっているので、いろいろ取材させていただこうと思っているんですよ」
 その女性は、頭に巻いている手ぬぐいを取ると、その下からは、綺麗な黒髪が現れた。もんぺ姿でもなければ、十分に綺麗な女性だった。農作業で掻いた汗が輝いて見え、その目も明るい性格を感じさせた。
「このあたりは、心無い若い人たちの溜まり場になっていたこともあって、事故のほとんどは彼らの無謀運転から生まれたものだったんですよ。だから、警察や行政では問題にしたりはしても、私たち住民は、自分たちに被害が及ばなければ、別に関係ないというくらいにしか考えていませんでした」
 確かに、田舎というところは、見た目は素朴で優しそうだが、実際には閉鎖的な性格で、自分たちに関係のないことにはまったくの無関心だ。
 逆に、自分たちに危険が及びそうな場合には、一致団結して、その排除に尽力する。それが当たり前のように思われていた。
――まるで群れをなす動物のようではないか――
 その動物が起こす行動が本能からのものなのか、意識を持ってやっているものなのか分からない。自分たちの種族が受け継がれていくうちに染み込んだ本能だと考えるのが一番自然なのではないかと思う。
 だが、田舎の人たちを動物の本能のようなものだとして考えてしまうと、それは危険である。
 閉鎖的な田舎のことに関しては誰よりも岡本が分かっている。
 ただ、それは子供の目から見てきたものであって、絶えず見上げてきたものだった。自分が閉鎖的な田舎町の中心に入ったことがないので、本当に分かっているかどうか、少し不安だった。
 それでも、他の誰よりも分かっているというのは間違いない。大人になった今の自分の目がどこまで子供の頃の意識を呼び起こすことができるかというのが、閉鎖的なこの人からいかに信用されるかにかかっていた。
「あなたは、そんな若い連中が、自爆で事故ってしまった場合は仕方がないと思っているわけですね」
「ええ、もちろんですよ。あなたも私の立場になれば、同じことを考えるはずです」
 彼女のいうとおりだった。
作品名:表裏の真実 作家名:森本晃次