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半分夢幻の副作用

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 今を生きている人間が一番文明の最先端であって、過去の人たちは、その礎を築いただけだという考え方。誰にでもあるのではないだろうか。
 過去の遺跡が発掘されて、
「数千年前の文明は、今よりの発達していたかも知れない」
 などという発表を聞いても、どこまで信憑性を感じることができるのだろう。
「宇宙人が介入していた」
 などという説が生まれてくるのは、それだけ人類だけでは、過去に今の自分たちよりも発達した文明があるはずはないという思い込みがあるからではないだろうか。
 思い込みが半分、そして、思い出したくないという思いが半分。それが、子供の頃の記憶を意識させない理由になっているのかも知れないと、梨乃は感じていた。
 特に最近、子供の頃のことを思い出すことが多い。
 ただ、それは現実世界で思い出すことではなく、夢に見るから意識するのだ。
――夢の中では時系列が曖昧なのかも知れない――
 と思うようになったのは、それからだった。
 卒業しているのに、まだ学校に通っている夢などを見ると、目が覚めてからしばらくそのことを考えてしまって、すぐに起き上がることができなくなってしまう。それも梨乃が自分の中にある意識が、記憶を呼び起こそうとしていることを感じている証拠なのではないだろうか。
 梨乃は、蔵人とベッドを共にしてから、蔵人の様子が変わってきたのを感じた。
 彼が急によそよそしく感じているのではないかと思うようになっていた。その理由についていろいろ考えてみたが、今、ある結論に到達しようとしていた。俄かに信じていいものかどうか分からなかったが、ここまでいろいろ感じてくると、考えが一つくらい増えてもあまり関係のないほど、感覚がマヒしているのではないかと思うのだった。
――あの人は、本当に私の知っている蔵人さんなのかしら?
 という思いは、蔵人の名前を一番最初に聞いて感じたことだった。
 だが、途中から次第に、彼のことを知っている相手だと信じて疑わなくなったことが、思い込みであるという意識はまったくなかったのだ。
 彼は逆に、最初に梨乃を知っている相手だと認識してから、次第にその思いが薄れて行ったのではないだろうか。梨乃が加算法であれば、蔵人は減算法である。
 途中のどこかで交わるところがあり、それを頂点として、二人が一つになった。しかし、線の向きが違うのだから、交わったのなら、後は離れて行く一方である。蔵人は、そのことを自分の中で理解したのかも知れない。
 梨乃は逆に彼への加算が続いていたために、今度は感覚がマヒしてしまう。思い込みが、感覚のマヒに繋がったのだ。
 今、梨乃は蔵人の考えていることが手に取るように分かってくると、今度は、自分の考えがウソだったのではないかと思うようになっていた。
 今まで知っている相手だと思っていたのが信じられない。
 確かに子供の頃に小説のラストを語った相手がいたが、それが彼だという証拠はない。名前だけが記憶の中にあっただけで、それも思い込みだったのかも知れない。
 ただ、彼とのことは、無意味だったとは思わない。もし、彼が自分の知っている相手でなかったとしても、彼から今回受けた影響は少なからずのものがあったはずだ。
 梨乃にとって、蔵人は、自分の中にあった逃げ道という考え方を表に出させるために貢献してくれたのは間違いないことだった。
 貢献という言葉はあまりにも他人行儀だが、蔵人の中にはそれくらいのものしかないのかも知れない。
 ただ、それであれば、悲しすぎるような気がする。
 蔵人も、梨乃と一緒にいて、梨乃の中から何かを感じ取り、それが自分の忘れていた、あるいは意識していないと思っていたことを意識させるに至る何かを感じてくれているとすれば、梨乃は彼にとっても、自分と知り合えたことはまったくの無意味ではなかったことの証明ではないだろうか。
 逃げ道という言葉を悪く解釈してしまうと、果てしないような気がする。しかし、逃げ道を、
――不安からの脱出――
 と考えれば、それほど悪いことではないだろう。
 逃げ道という言葉も思い込みであって、伏線だと思えば、何も悪いイメージはないはずだ。
 不安を感じれば、こちらも果てしない。同じ果てしないのであれば、片方を悪くない方に解釈すると、それが伏線として効いてくることだろう。副作用に対しても、同じように逃げ道があれば、そこから対応できる方法もあるかも知れない、蔵人はそのことを梨乃から教わったのではないかと、梨乃自身は感じていた。
 蔵人は、紹介者を通して、別れを告げてきた。
「本当なら、直接言えばいいのにね」
 と、紹介者からは言われたが、梨乃には何となく蔵人の気持ちも分かったので、何も言い返せなかった。苦笑いを浮かべてはいたが、愛想笑いとまではいかない。蔵人はきっと自分の抱いていた梨乃のイメージとあまりにも違ったことで、
「別れるなら、早い方がいい」
 と感じたに違いない。
 別れを先延ばしにすると、別れづらくなるというわけではない。物事にちょうどいいタイミングがあるのだろうが、彼は今がちょうどいい時期、早すぎはするが、潮時だと感じたに違いない。
 梨乃は、自分が今、まだ副作用の中にいるのを分かっている。蔵人が別れを申し出てきたのも、その副作用の影響ではないかと思っている。
――彼にも副作用があるのかしら?
 もし、蔵人にも副作用があるのだとすれば、彼が持って生まれた性格の中に副作用を生むものが備わっていたということなのか、それとも、梨乃が身体を重ねたことで、彼に伝染してしまったものなのかのどちらなのだろう?
 彼が、小学生の頃の知っている蔵人だとすれば、持って生まれた性格というよりも、梨乃から伝染したのではないかと思える。
 しかし、知らない男だったとすれば、元から彼に備わっていたものを、梨乃は感じたのだと思ったのだ。
 今では、今回彼に初めて出会ったのだという思いが強い、それは彼が別れを告げてきたことでも分かるのだが、今梨乃が思っているのと同じことを感じているのだろう。
――お互いに反発し合うところが、彼にはある――
 と感じた。
 子供の頃、知っている蔵人は、他の人に対しては分からないが、梨乃に対してだけは従順だった。まるで、梨乃の身体の一部であるかのような違和感のなさがあり、そばにいることを何ら疑問に感じさせなかった。
 その時、少年は何を考えていたのだろう?
 きっと何も考えていなかったように思う。それは梨乃の副作用が伝染したかのようだった。
 ただ、彼には梨乃の中にあった溝をスッポリと埋めてくれる大きな塊のようなものを持っていた。まわりから見て歪に見える関係も、溝がスッポリと埋まってしまうことで、感覚がマヒしてしまい、お互いに快感を貪っていたのだろう。
 二人とも、理性が快感を打ち消してしまった。梨乃の中では記憶だけが残っていて、彼に対しての感情はもとより、顔すら思い出せないほどだった。それは、蔵人も同じだったかも知れない。一緒にいる時も違和感がなかったが、離れる時も一切違和感がなかった。そばにいたはずの人がいなくなれば、多少なりとも寂しさが募るものだが、彼に対してだけは、寂しさはまったくなかった。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次