小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

半分夢幻の副作用

INDEX|38ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

――それ自体が、副作用だったのかも知れない――
 今回、目の前に現れた蔵人がその時の少年だったかどうか、今でもハッキリとはしない。彼ももし、同じことを感じていたとしても、梨乃のことを思い出すことはできないだろう。
――忘れることが副作用?
 梨乃は、今ハッキリと副作用の一つを感じたような気がした。
 それは、自分の中で、自分のことを忘れるわけではなく、自分に関わった人を忘れてしまうという副作用である。
――今まで、そばに誰かがいたような気がする――
 と、ふと感じることがあったが、それがまさか副作用によるものだったというのは、まったく考えたこともなかった。
 そもそも副作用という考え方は、漠然としているものだ。
「何でもかんでも副作用という言葉で片づければいいというものではない」
 と、誰かの声が聞こえてきそうだが、それが、もう一人の自分であることは、分かっている。もう一人の自分は夢の中だけにしか存在しえない。
――ということは、副作用の根源は、夢の中にあるのかも知れない――
 というのは、乱暴な考え方だろうか。
 副作用を起させるのは薬である。夢を見るのに見えない薬が存在しているとすれば、夢を覚えている時と覚えていない時があるのも、薬や副作用の効果によるものなのかも知れない。夢の世界自体が、現実世界から見れば漠然としているからである。
 梨乃が自殺を試みようとしたことがあるように、蔵人にもあったのかも知れない。
 蔵人と身体を重ねている時、目を瞑ると見えてきたのは、蔵人が今までに自分の目で見てきた光景だった。その中に見えていたのは、高いビルから下を眺めている目だった。
 視線は小刻みに震えていた。あれだけ高いところから見るのだから、高所恐怖症の人でなくとも、震えは来るだろう。梨乃は高所恐怖症なので、とても見ていられなかったが、瞬きを許さないその視線は、目の前に蜘蛛の巣のような無数の赤く細い線が、放射状に張り巡らされているのを感じた。
 見たのは、梨乃が彼に抱かれていた時だったはずなのに、なぜか、その後になって、まるで今見ているかのように、またしても、目の前に広がっていた。
 今回の方が、蔵人の腕の中にいる時よりも、クッキリと見えている気がする。
――彼の腕の中にいる時は、身体の感覚がマヒしていたので、漠然としてしか感じなかったのかも知れないわ――
 と思ったのだ。
 今、実際に見えている光景で、目の前の無数に見える赤い線は、彼の腕に抱かれている時に感じることはなかった。その分、リアルに感じたのだ。
――そこまで彼のことを分かっているのに――
「あまり相手を分かりすぎていると、却ってうまく行かないということもあるのかも知れない」
 という話を聞いたことがあるが、梨乃はそのことを今さらながらに感じているように思えてならなかった。
 お互いが分かりすぎるくらいに分かっているなら、それだけ相手のことを好きにならない限りはうまく行かないだろう。
 逆にお互いに性格が合わなかったり、進む道が違っていて、それなのに、相手のことが好きで好きでたまらない付き合いをしている人がいるとしよう。
 梨乃は、きっとその二人は、相思相愛のまま結婚し、幸せな結婚生活をずっと続けていけると思うだろう。
 だが、それは今までの梨乃だったら言えることなのかも知れない。
 相思相愛でうまくいくのは、結婚をゴールと考えるからだ。
 もし、結婚をスタートとして考えたらどうだろう?
 確かに最初はうまくいくかも知れない。お互いに気を遣いながら、暮らしていくからである。しかし。お互いに平行線であればあるほど、いつかはぶつかることになるだろう。その時に、必ず二人は、二者選択を迫られることになる。
 一つは、自分の意志を貫いて、別れることになるか、あるいは、相手に嫌われたくないという意識の元、自分の性格に蓋をして、我慢してしまうか、さらには、自分を曲げてしまうかのどちらかになるだろう。
 後者の場合、その時はよくとも、それがトラウマになりかねない。ストレスが溜まってしまい、正常な精神状態ではいられなくなると、たとえば、不倫をしたとしても、それでも、
――離婚するよりもマシじゃないか――
 という考えを持つようなことになるかも知れない。精神のバランスが崩れてしまうのではないだろうか。
――そんな状態になってしまって、二人のことを夫婦と呼ぶことが果たしてできるのだろうか?
 結婚しているわけではない梨乃ではあるが、そこまで考えてしまうと、相思相愛が果たしていいものなのかどうか疑いたくなっていた。
 それなら、性格や考え方が同じ方が、はるかにマシに思えてきた。
――相思相愛というのは、結婚するまでの過程であり、果たして結婚相手としてふさわしいかどうか疑問だわ――
 と思えてきた。
「恋愛相手と、結婚相手では違う。本当に相手を思いやることができるかどうかで決まる」
 と言っていた人もいたが、相手を思いやるということも、どこまで必要なのかということが大切なのだろう。
――じゃあ、どうして、私たちはダメなのかしら?
 梨乃は、結婚相手として蔵人を評価するのは、まだ早すぎると思っていた。それなのに、蔵人の方ではさっさと見切りをつけたかのように、梨乃から離れていった。
 確かに、第一印象で、相手との相性を見抜く力のある人はいる。蔵人がそうであれば、いいのだが、そうでないのであれば、別れを切り出した理由が見当たらない。
 お見合いであれば、女性の方から断ることがあっても、男性からはあまりないというのは古い考えであろうか?
 梨乃は、今、自分の考えが古い考えすぎるのではないかと思うようになっていた。何を持って古いというのかは、すぐには言えないが、考えすぎること自体、ずれがあるのではないかと思うのだった。
 それから、しばらくして、梨乃の頭の中から、蔵人の過去が消えてしまった。
 それは小学生時代の蔵人の記憶も、この間出会った蔵人の記憶も一緒にである。梨乃の中に、蔵人という男性は、記憶の中からも消えてしまったのだ……。

                   ◇

 会社の先輩、つまり蔵人の紹介の仲立ちになってくれた人から、
「この間紹介してもらった人、行方不明になったんですって」
「えっ? この間?」
「覚えていないの? 先月のことでしょう」
「えっ、この間のことですね」
 と、言葉を濁していたが、ただ忘れていたかのようにだけ振る舞った。
 まったく記憶から消去されているので、話を合わせるしかない。正直に他の人に話しても、記憶から消えていることを信じてはもらえないだろう。
 自分の消えてしまった記憶を中途半端にしか知らない人に聞く気にはならない。消えてしまったものを。また穿り返すのも、億劫でしかないからだ。
 梨乃はかなり疲れが溜まっていた。その理由についてはまったく心当たりがない。
 ただ、頭の中に、何か半分、スッポリと消えてしまったものがあることを分かっている。その分、疲れとなって蓄積しているようだ。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次