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半分夢幻の副作用

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――薬を飲んだから、忘れてしまったんだわ――
 と感じていた。
 忘れてしまうことで、そこに空いた穴の中に、新しい記憶を埋め込むことができるのではないかという考えが梨乃にあったのだ。
 物忘れが激しいと感じることがよくあるが、考えてみれば、薬を飲んだ時の前後によく感じていたと思う。薬を飲まなければいけないほど、意識が朦朧としている時か、薬を飲んだために意識が朦朧としてしまった時かのどちらかであろう。その両方ということはまずない。ただ、どちらかというと、薬を飲んだ時の方が多かったように思えてならなかった。
 そういえば、最近、薬を飲むことが多くなっていた。
「あまり、薬を飲むのは身体によくないわよ」
 と、人から言われる。
「どうしてなの?」
「どうしてって、あんまり飲むと、副作用に襲われるわよ」
 確かに副作用の話はよく聞くが、それも以前の薬の話で、最近の薬には、そこまで副作用に対して神経質になる必要もないのではないだろうか。
「そうなの? 気を付けないといけないわね」
 と、まるで初めて聞いたような素振りを見せた。その方が、相手にとっては、
――教えてあげた――
 という満足感に浸らせることができるからだ。別に義理立てる必要もないが、せっかく話しかけてくれる相手をむした必要以上に怒らせるような刺激を与えることもないだろう。
 副作用という言葉は、今までに何度も聞いたことがある。ただ、副作用というよりも、ダイエットでのリバウンドのようなイメージが梨乃の中にはあった。
――我慢しようと思えばできること――
 リバウンドに対してそういうイメージを持っているので、副作用のように、薬から影響を受けるものとして、意識ではどうにもならないことを、イメージしているわけではなかったのだ。
 薬を飲んで、今までに気分が悪くなったことはあった。注射を打った時にもあったことが、それが副作用だという認識はなかった。
――どうして、こんな気分が悪くなったりするんだろう?
 と、単純に思っていたが、それからしばらくして体調を崩し、病院に行った時のことである。問診票を書かされたが、その中に、
「薬で気分が悪くなったことはありますか?」
 と書かれていた。
 さっそく受付で、
「これはどういうことですか?」
「稀に、薬を飲んで気持ち悪くなったり、注射を打って気持ち悪くなる人がいるようなんで、それをお聞きしているんですよ」
「私だけではなかったんですね?」
「ええ、薬には合う人と合わない人がいますからね。それに副作用というものもありますので、そのあたりをお聞きしているんですよ」
 と言われた。
 それまであまり意識したことのなかった副作用。あまりひどいと、後遺症になったりもするというので、
「副作用というのは怖いものなんですね?」
「ええ、そうですね。だから、私たちも患者さん一人一人の身体を違うものだということを当たり前のこととして再認識していかなければいけないと思っているんですよ」
 と話してくれた。
 睡魔に襲われるのも、一種の副作用のものだということを、再度考えながら、占い師に出会う前の日は、ゆっくりと眠りに就いたのだった……。

                   ◇

 梨乃は、いつの夢だったか、無性に自殺を試みたい気分になっていた。
 その時は、
――私は夢を見ているんだわ――
 と、最初から夢を見ているという自覚があった。自覚があったからこそ、自殺という意識を否定しなかったのかも知れない。もし、現実世界で考えていることなら、恐ろしくて、すぐに忘れようとするに違いない。
――なぜ、恐ろしいと思うかって?
 それは、自殺のことを考え続けていたら、そのまま行動に移してしまうかも知れないという意識があるからだ。
 もちろん、衝動的な行動以外には考えられないが、現実世界であるから、衝動的な行動に移しやすいのだ。夢の中では衝動的な行動などありえないと思っている。何しろ、潜在意識が見せるものだという前提条件が、梨乃の中にある夢という感覚には備わっているからだ。
 その時の夢は、意識の中に「副作用」という気持ちがあった。
 薬を飲むのは、病気を治すことを目的としている。
 副作用というのは、薬の本来の持つ目的と反対のことを引き起こそうとするから副作用なのである。つまりは、病気を治す反対ということは、病気になる。あるいは、命を捨てるという意識を持つということである。
 タミフルなどという薬が、衝動的に死にたくなることがあるというが、それを聞いた時、それこそ副作用の本質が一番現れた現象ではないかと思うのだった。
 副作用が、薬の本来とは正反対の作用をもたらすということを考えると、梨乃が、今までにも死にたいなどと考えたことがあるのも、頷ける気がする。
 今までは、死にたいという意識があっても、どこから来るものなのか、まったく想像もつかなかったので、死にたいなどと考えたことに対して、梨乃は自分が恐ろしく感じられるようになっていた。
 梨乃は、自殺をしようとする人は、人からの伝染によるものだという意識を持っていたことがあるが、その発想ともまったく違った発想である。
 だが、むしろ副作用という考え方の方が、理に適った考え方ではないかと思うようになった。
 ただ、人から伝染するのであれば、そこには病原菌のようなものがあって、それが悪さをしているという考え方で、副作用というのは、病原菌をやっつけようとして薬を飲んだ後に襲ってくる正反対の作用。つまり、まったく関係ないように見えるが、薬という媒体を介することで、繋がっているようにも思える。
 梨乃は、副作用に対して考えるようになった自分の頭の中が、堂々巡りを繰り返すことの多かった自分が、少し堂々巡りから抜けることができるのではないかと思うようになったのだ。
 梨乃は、今までに見てきた幻影や、怖い思い、そして、怖い夢の類には。この副作用というものが、多少なりとも影響しているように思う。
 風邪を引いて熱を出すということは、身体に入った菌に対して、身体が抵抗していることで起こる身体の症状である。熱が出たからと言って、それが悪いことだとは一概には言えないのだ。
 幻影や、怖い夢なども、副作用に対して、梨乃の中の精神が、抵抗を示しているのかも知れないと思うようになっていた。
 元々、怖がりで、不安に思うことが多く、一度不安に感じると、どんどん深みに嵌ってしまう梨乃にとって、意識しなければいけなかったのは、副作用だったのかも知れないが、そのことに気付かずにいたために、不安が募り始めると、どこまでも堕ちていくような底なしの不安が広がっていることを、やっと理解することができた。
 これも副作用という言葉を思いついたからである。一つのことが分かってくると、そこからいろいろな発想が生まれ、頭の中で繋がっていくのだった。
――半分、死を試みようと思うから、死ぬことはないんだ――
 まったく死というものを意識していなければ、いつ死にたいと思うかも知れないという思いがあることで、衝動的に死んでしまうかも知れない。それが副作用だとするならば、梨乃は、
――半分だけ、死を試みる――
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次