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半分夢幻の副作用

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――問題意識がないなら、善処できるわけないじゃないか――
 言い寄られた駅員は、最後には
「善処します」
 この言葉で締めくくったからだ。他の人たちがその言葉を信じたようには思えないが、その場の騒動はそれで一旦落ち着いた。潮時だと思ったのか、それよりも、何を言っても無駄だと思ったのか、どちらにしても、駅員に対しての不満は、誰もが爆発していたのだ。
 梨乃は、自分が言い寄ったわけではないので、却ってストレスになってしまった。他の人のいうことは、ほとんど梨乃が思っていることだったが、本当に言ってほしいことを言ってくれたのかどうか、梨乃にも分かっていない。それだけに鬱積したものが梨乃の中に残ったことで、
――忘れてしまった方がいいのかも知れない――
 と、無意識に梨乃の中で考えていたのだろう。
 だから、事故の発生した日の次の日に占い師に会っているというのに、占い師に会った時から思い返して事故が発生したことを発想できなかったのではないだろうか。なるべく怒りを感じないようにしようと思うと、どうしても、頭の中をリセットしなければいけなくなるからである。
 今までに梨乃が使っている鉄道会社では、他の鉄道会社に比べて事故発生率はかなり高い。他の鉄道会社では、数年に一度あるかないかなのに、この鉄道会社は、数か月に何度かあるのだ。
 それも、一度続くと連鎖反応を起こすのか、二、三日続くこともある。それでも、
「人身事故だから、仕方がない」
 と、駅員に言われてしまったら、乗客はどうすればいいというのだろう。
 中には、遅れて本当に困る人もいるだろう。
 新幹線や、飛行機に乗り換える人もいるだろうし、仕事の商談に遅れてしまう人もいる。言い訳の利かない状況にいる人もいるだろう。そういう人に対して、鉄道会社は責任を負うことは一切ない。
「それで仕方がないもないものだ」
 と言いたくなる気持ちも分からなくはない。文句は一つや二つではないはずだ。
 人身事故というのは、そのほとんどが自殺だと言われる。
 自殺が連鎖反応を起こすというのは、何となく分かる気がする。
「自殺する人って、誰であってもおかしくないんだよね。前の日に、楽しそうにしていて自殺などする雰囲気などまったくない人が、自殺することだってあるんだ。自殺は伝染するという話を聞いたことがあるけど、何か菌のようなものが繁殖して蔓延してしまうのかも知れないね」
 という話を聞いたことがあった。梨乃は、半信半疑だったが、今では信じられる方が気持ちは強い。それでも、梨乃には「半分」という意識が強い。全部でなければ、梨乃には「半分」なのだ。
 鉄道会社に対しての怒りは、それだけにとどまらない。
 特急電車を優先させることも苛立ちの一つだった。
「あいつらは、列車が二時間遅れると、払い戻ししないといけないから、特急列車を優先するのさ」
 普通電車では、いつ誰がどの電車に乗ったかを特定できないので、二時間遅れたという証明にはならないが、特急列車、しかも指定席を持っている人に対しては、間違いなく払い戻しが発生する。鉄道会社からすれば、特急列車を優先させるのは当然であろう。
 しかし、時間帯によっては、普通列車の方が、利用客は断然多い。多数を切り捨てても、損のないようにしようという考え方に、腹が立つのだ。
 鉄道会社への怒りをここまですっかり忘れてしまっているということは、それだけ怒りが強かったという証拠なのか、それとも、今までにも何度もあった怒りなので、諦めに近いものがあったからなのか、そのどちらも梨乃の中にはあったように思う。
 怒りが強ければ強いほど、梨乃の中での性格は、
――熱しやすく冷めやすい――
 ものとなる。
 それは後者の、
――諦めに近い感覚――
 というものが、後になって襲ってくるからであって、諦めを感じる前に、一旦頭を沸騰させてしまえば、最終的に怒りを収める時に、ちょうどいい塩梅になることを、梨乃は本能的に知っていたのかも知れない。
 占い師への意識は確かにあったはずなのだが、あの時の感覚が本当に夢だったのかどうか、今では分からない。あれほど占い師と正対し、真剣に話を聞いたつもりだったのだが、それを夢だったと思うのは、あまりにも生々しさが残る気がする。
 梨乃は、もう一度占い師がいたはずの場所までやってきた。今度は静かすぎる空間を感じるだけだった。
――ここに来ることは、もう二度とないような気がするわ――
 と、感じた。
 それは、前に一度自分から訪れたからだと思った。もし、この間、この場所にやってこようと思わなければ、ここに来ることはなかっただろう。
 梨乃が、この場所を訪れたのは、占い師と出会ったと思った次の日から数えて、二週間ほど経っていただろうか?
「これって潜伏期間なのよ」
「えっ? 何の潜伏期間?」
「それはいずれ嫌でも知ることになるんでしょうけど、今も少し考えれば、思い浮かぶはずよ」
 そう言って、口元を怪しく歪ませて話をしているのは、夢の中での、主人公である梨乃だった。
――また、変な夢を見ているんだわ。最近は、ただでさえ、夢と現実が交錯しているような気がしているのに、どうしたのかしら?
 と、夢と現実の狭間で、今にも目を覚まそうとしている梨乃に、夢の中の自分が語り掛けている。
――夢から覚めさせない気かしら?
 しばらく付き合ってみようと思い、少し夢にとどまってみる気になった。
 目が覚めようとしているという意識は、今までに何度か感じたことがあるが、覚めようとしている状態に逆らってみたことなどなかった。そんなことはありえないことだという思いを、逆らって初めて感じたが、感じることもないほど、夢から覚める時が、ひょっとすると、一番素直な自分が出ているのかも知れない。
 梨乃は、鉄道会社への怒りを思い出した時、一緒に感じたのは、自殺した人に対しての憤りだった。どんな理由があるにせよ、列車の遅延に結びつけたそもそもの原因は、自殺者がいたからだった。
 いつもであれば、鉄道会社への怒りと一緒に、自殺者に対しての怒りも同時に感じるはずなのだが、今回は、なぜか鉄道会社への怒りだけで、自殺者に対して、何も感じることがなかった。それなのに、後になって、まるで時間差のように沸々と自殺者に対しての怒りがこみ上げてきたのだった。
 いつもの怒りとは少し違う。
――どうして、こんな時に自殺なんかしたのよ?
 と、感じていた。
 自殺したことに対してよりも、時期に対しての憤りを感じるのだ。別に他の時であればよかったというわけではない。梨乃にとって今回のように、自殺という行為そのものに対してではない怒りがこみ上げてきたことなど初めてのことで、自分が一番驚いていたのだった。
 占い師の顔を思い出そうとしても思い出せない。ただ、あの時、梨乃は確かに自分が占いに興味があり、占いに関わることが将来起こると言われて、少し喜びがあったことを思い出していた。
――別に占いに対して造詣が深いわけでもなく、ましてや、占いに関わるようなことに対して喜びの感情など浮かんでくるなど、ないはずだわ――
 と感じていた。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次