半分夢幻の副作用
――もう一人の自分――
という発想があったが、それは同じ時間では存在しえない。たとえば、五分前を歩いている自分と、五分後を歩いている自分というような発想であるが、それであれば、果てしない数になってしまう。それこそ、
――両側に鏡を置いた時、鏡に映っている姿――
のイメージではないか、自分の発想は時々、まったく違ったところで繋がっていることを証明しているかのような感覚になってしまう。
梨乃は、自分で考えていることを半分信じようと思うようになっていた。
「実は、俺は君の大学時代くらいを追いかけていたような気がするんだ」
「それはどういうことなの?」
「君は今の実年齢よりも、考え方が実際には大学生の頃の君がすぐ後ろから追いかけてくるように見えたんだ。俺はその大学生の君を見つめていた。だから、その女の子が、まさか小学生時代の知り合いだとは思いもしなかったんだよ」
「それはいつ知ったの?」
「多分、君と同じ時じゃなかったかな? 君もさっき紹介された時に知ったんだろう?」
「ええ、そうね」
梨乃は、続けた。
「あなたは、その女の子とお話したことはあるの?」
「ないよ。俺は女の子に声を掛けられるような性格ではないからね。でも、今の君に対してだけは違うんだ。不思議と今の君のことはいろいろ分かっているような気がするんだ。でも、気になっている大学生の女の子が、前を歩いている本当の君だったとは、思ってもみなかった」
――私はやっぱり夢を見ているんだ――
と感じた。
蔵人の話は、まるで梨乃の中にある潜在意識が、蔵人という男を借りて、梨乃に見せているように思えたからだ。だが、身体に感じるものはリアリティに溢れている。頭で理解できることと身体が反応することとでは、繋がりがあるのだろうか?
◇
梨乃にとって、蔵人が初恋の相手ではないかと思っていた時期があった。
確か、女子大生の頃ではなかったか。
ただ、その思いがかなり薄い意識でしかなかった。なぜなら、梨乃はその時の思いをすぐに自分で打ち消したからだ。
――そんなバカなことあるわけないわ。彼に対しては悪戯心が芽生えてしまい、その気持ちに逆らわずに苛めたことで、自分の中に背徳の思いが残ってしまった。彼に対しての自責の念が、まさか、彼への恋心だったなどという発想を抱いてしまった――
という思いであったが、それは梨乃にとって理論的に考えたことで導き出された発想だったのだ。そういう意味では、本当に蔵人という男性に対して、正反対のイメージが、梨乃の中で、裏と表に残ってしまった。
梨乃が、身体と気持ちの上で、
――夢を見ている――
という発想を、蔵人とベッドを共にしている時に感じてしまったというのは、今度もまた理論的に考えてしまったからだろうか。
しかも理論的に考えている意識は、「潜在意識」である。
梨乃は、最初、無理やりにホテルに連れ込まれたのではないかと感じていたが、次第に蔵人の態度を見るうちに、
――私も同意だったのかも知れない――
堂々とした態度が蔵人の姿勢から見受けられる限り、梨乃は、彼への気持ちが自分の中で前向きだったことを疑ってはいけないと思うようになった。
初恋の相手ではないかということを思い出してしまったことで、梨乃の頭の中は、子供の頃に戻りかけている。ただ、完全に戻りきってしまわないのは、自分の中で、まだ蔵人に対して、本当に彼が初恋の相手だったのかが疑わしい思いが残っているからだった。
今の蔵人は、完全に子供の頃の蔵人ではない。もし、初恋のイメージが蔵人の中にあり、ベッドを共にするのが同意の元であったとすれば、梨乃は子供の頃の成長した姿がそのまま蔵人に見えたのかも知れない。
――人は雰囲気が変わったとしても、それは成長する過程で、環境が変わることで、考え方が変わるのは往々にしてあることだわ――
梨乃は、今までにもそんな人をたくさん見てきたはずだが、ずっと一緒にいた人であればなかなか気付かないものである。それが十数年ぶりにあったのだとすれば、変わっていて当然。変わっていない方が不思議なくらいではないだろうか。
蔵人が口にした「半分」という言葉が頭の中に残っている。
半分という言葉は、ある意味都合のいい言葉でもある。どちらとも取れる曖昧な発想をする時に、半分という言葉を使うこともあるからだ。半分という発想が、果たして本当の半分なのか、それとも、四対六であっても、半分くらいと見るかという点でも、意味合いが違ってくる。
交通事故を目撃した時の夢も、
――確か覚えていたことが半分合っていた――
と記憶していたはずである。さらに、最近気になっている占いに対しても、
「当たるも八卦当たらぬも八卦」
というではないか。これもある意味、半分という発想に近いものがある。
また、梨乃は勝者と敗者の発想を思い浮かべた。
それは小説を読んでいる時に感じていたもので、ミステリーの謎解きなどの時、梨乃自身が連想してしまうことで、先にラストを見てしまうと、勝者と敗者がハッキリと、その時点で分かってしまう。
本当であれば、ストーリ―の展開があって、勝者と敗者を見極めていくものだが、先に勝者と敗者を知ってしまってからストーリーを読み込んでいくと、今度は、人間の感情を中心に読んでいる自分に気付く。
前者は、ストーリー重視、後者では人間感情重視というイメージで小説を読みこんでいくと、自分の読み方が、
――自分で考えていたよりも、深いところでの読み方をしているのだ――
と思うのだ。
――これこそ、深層心理というものなのかも知れないわ――
と、感じた。
これだけの発想は、蔵人と身体を重ねることで生まれたものだった。蔵人と今このような状況になっていることに疑問を抱くよりも、現状を分析することで、いろいろな発想が生まれてきたのだ。
――これって、前向きな発想というわけでもないはずなのに――
浮かんできた発想が、前向きだとは言えないが、考えることで、今の自分が疑問に感じていたことや、曖昧に感じていたことの答えが得られそうな気がしてきたのだから、不思議である。
梨乃は、第一世代と第二世代の間が、中学と高校時代の間だと思っていたが、今から思えば、第一世代の間にもう一つ区切りがあったのではないかと思っている。それが蔵人が引っ越して行った時だった。
自分が蔵人を初恋の相手だと認めたくないという思いから、わざと、その時を分岐だとは思わないようにしようと思っていたのかも知れない。
――ということは、その時から私は、蔵人のことを初恋の相手だと意識していたことになるのかも――
そう思うと、認めたくないという思いと、ぶつかってしまうように感じた。
その時も、自分の中に半分の発想があった。だが、結論としては、蔵人を自分の初恋の相手として認めたくないという思いが強かった。そのため第一世代と第二世代の間を、蔵人が引っ越して行った時期としなかったのだ。
梨乃は、自分の初恋の相手が誰だったか分かっていない。これまでに何人かの男性を好きになり、片想いだったり、付き合ってはみたものの、すぐに別れたりというのが多かった。