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半分夢幻の副作用

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 一瞬、梨乃はビックリして、少し身体を固くした。そのことを蔵人は気付いていないのか、それとも梨乃が無意識に快感に身を捩ったように感じたのか、どちらにしても、気付かれなかったことでホッとした梨乃だった。
 ホッとして、もう一度意識を集中させると、今度は呼吸と息遣いのリズムが一致していることを感じ、
――さっき感じたのは、気のせいだったんだわ――
 と思った。
 それにしても、蔵人の言った言葉の意味はどういうことなのだろう? 梨乃と蔵人は同い年ではないのか?
――いや、それより、このシチュエーションは何なの? 意識を失った女の子をホテルに連れ込んで、身体を蹂躙しているというのは……
 これでは犯罪ではないか? 小説やドラマではちょくちょく見る内容だが、まさか自分がこんなことになるなんて思ってもみなかった。
 蔵人は梨乃が気が付いていることを知らない。
 梨乃の身体にずっと愛撫を加えているが、それは単調な動きだった。強弱をつけているわけでもない。身体を貪るようなことは当然していない。強引にしてしまうと、梨乃が目を覚ましてしまうと思ったからだろう。
――私が目を覚ましたら、どうするつもりなのかしら?
 そう思うと少し怖くなった。それでも、彼は愛撫以上のことをしようとはしない。女としての敏感な部分に手を触れようとはしないのだ。愛撫といっても。胸に指を這わしたり、ほほを撫でたり、髪の毛を触ったりするだけだった。まるで赤ん坊が母親の身体を触っているような感覚である。
――どうして、それ以上触ってこないのかしら?
 そう思うと、梨乃の胸のあたりが濡れているのを感じた。
――泣いているの?
 それは蔵人の涙だった。その涙の意味がどういう意味なのかさっぱり想像がつかない。自分の欲望が満たされた悦びの涙なのか、それとも性癖を満たすためとはいえ、相手の意識のないのを利用しようとしたことへの自責の涙なのか、それとも、本能のままにしてしまったことを、後から理性が考えて生まれた後悔の涙なのか、蔵人が何を考えているのか、梨乃にはまったく分からなかったのだ。
 ただ、一つ気になったのが、
「俺は若い子が好きだからね」
 と言った言葉である。
 言葉の意味もそうなのだが、梨乃が気が付いてすぐに聞こえた言葉だったのだ。
 それは、彼が最初に呟いた言葉なのか、それともいろいろ呟いている中での一言なのかでニュアンスが変わってくる。
 もし、最初に言った言葉であれば、偶然なのか、それとも梨乃が目を覚ますのに合わせたかのように蔵人の意図がそこに含まれているのかということである。
 それまでにいろいろな言葉を吐いているのであれば、偶然だというニュアンスが一番強いに違いない。
 梨乃は、前者のような気がして仕方がない。そして、どうしてそう思うのかというと、
――彼に偶然という言葉は似合わない――
 という思い込みからであった。
 そうなれば、この言葉は、彼が意図して梨乃が目を覚ますのを見計らって言ったということになる。
――では、その言葉の意味はどういうことになるのだろう?
 梨乃と蔵人は同い年ではないか、さっきの「お見合いもどき」のような席で自己紹介した時に、確かに同い年だということを確認したはずだ。
 蔵人は梨乃を同い年という目で見ておらず、若い子のつもりで見ていたということであろうか? それとも、自分がベッドの中で、年を取ってしまったという感覚でいるということなのだろうか。どちらにしても梨乃にとって、この場にいることへの違和感よりも、彼が呟いた言葉の方が気になった。そして、その時に一緒に流した涙の意味がどこにあるのか、梨乃には想像の及ばないことに思えてならなかった。
――ひょっとして、これも夢なのかも知れないわ――
「笑えない小説」でもあったではないか、
――眠れないという夢を見ていた――
 という発想である。
 夢から覚めたと思っているが、それが、夢から覚めたという夢を見ていることであれば、説明はつきそうな気がする。
 すると、梨乃は別の発想が頭に浮かんだ。それは、無限大の発想で、自分を中央に沿えて、両側に鏡を置いた時、鏡に映っている姿は、永遠に自分の姿を映し出している。それはどんなに小さくなろうとも限りがあるものではない。無限に続く発想で、
――これも他の人と少し違ったイメージで見ている――
 という自分を意識していた。
 梨乃は、無限に続く発想を、無限ということに注目するよりも、続くということに注目していた。それは、
――無限という発想が、続くことでしか成立しない――
 という考えでいるからだ。
 続くことが無限に繋がっているが、続くことすべてが無限に繋がるわけではない。しかし、無限というものは、続くことが必須であって、続かない限り、無限もありえないという発想であった。
 もう一つ思い出したのは、梨乃が東北に旅行に行った時に気になって買ったことがある民芸品であった。
 それは少し大きな箱であり、箱の中にはまた箱が入っている。どんどん開けていく中には箱しか入っておらず、最後は、豆粒ほどの箱だったように思えた。
 箱を開けていき、それをどんどん横に置いて行くと、まるで階段のようになる。
――次第に急になる階段――
 ただ、見た目は、頂点を結ぶと一直線である。
 それを急になったと感じるか、一直線と感じるか、それも人それぞれであろう。梨乃はその時、急になっていく階段を思い浮かべた。今同じものを見てもきっと同じ発想をするに違いないと思うのだが、それは、
――見た目だけを信じないようにしよう――
 という発想が、梨乃の中にはあるのかも知れない。
 しかし、次第にこれが夢ではないことが分かってくる。梨乃の胸は蔵人の涙でしとどに濡れ、端の方から乾いてくるのを感じるからだ。それは梨乃の身体が暖かいのを示している。夢の中でそこまで感じるなどということはありえないだろう。
 梨乃がまだ寝ていると思ったのか、蔵人は嗚咽を繰り返す。何がそんなに悲しいのか、梨乃は考えてみた。
――涙を流して嗚咽するのは、悲しいからだけではないのかも知れない――
 と思いと、蔵人の中に不安が渦巻いているのではないかと思えた。
――不安を抱えている人間が、女をホテルに連れ込んだりするものだろうか?
 少なくとも、梨乃の意識のない中で、ホテルの部屋に裸で寝ているのは間違いないようだ。それも夢でないとすれば、蔵人にとってこの空間は一体どういう意味を持っているのだろう?
 梨乃はこのまま眠っているふりができなくなった。身体を少しずらして寝返りを打つようにすると、一瞬ビクッと蔵人は反応したが、驚きの雰囲気はない。
――私が目を覚ましていると思ったのかしら?
 いや、そうではないのかも知れない。
 不安だと自分で感じているようなら、いつ梨乃が目を覚ましてもビックリしないように用意をしていると考えて不思議はない。だが、急に寝返りを打ったことで、用意していた気持ちが追いつかなかったと考えるのが自然である。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次