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半分夢幻の副作用

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 集団の中で一人が意見を言う。それはいつも決まっている人である。そして、それに対して誰も反対意見を言わない。言うとどうなるかというと、「村八分」だ。
 これは昔からあることで、村八分になってしまうと、昔であれば、死活問題であった。逆らったがために生活が立ち行かなくなり、誰も助けてくれない状況に陥り、後は悲惨な末路が待っているだけである。
 人間の歴史は、その繰り返しだ。誰から教えられたわけではなく、身体に沁みこんでいるのかも知れない。親たちは、そんな汚い姿をなるべく子供たちには教えないようにしている。しかし。その子供が大人になると、同じことを繰り返しているのだ。
 奥さん同士の井戸端会議や、会社などの組織内でも、似たようなことが行われているのだろう。そのおかげというべきか、小説の世界でも、話題に事欠かない。小説というのは人間物語の凝縮版だと思っている。教えられたわけでもないことを想像で書けるというのも、意識が遺伝しているのかも知れない。
 性癖が人に伝染したり、意識が遺伝したりするのは、梨乃の今までの発想からすればあまり考えられないことだった。考えてしまうと、
――どうして思い浮かばなかったんだろう?
 と思うほど、自然とイメージできるのだ。きっと、発想というものは、
――基本的に、綺麗なものだけを頭に浮かべよう――
 と思うものではないだろうか。
 それにしても最近いろいろなことを考えるが、その共通性として、占い師から言われたことに結びついてくるというのも不思議なものだ。
――占い師が私の前に現れたのは決して偶然ではないんだわ――
 と、思えてならなかった……。

                   ◇

 梨乃が意識を失ってどれくらいになるだろう。
 梨乃はその間にいろいろなことを考え、最後には占い師の話に行きつく今の自分ができる発想を思い浮かべていたことを意識していた。
 しかし、その意識はどこで生まれたものなのか分からなかった。
――夢を見ていたのかしら?
 夢だと言われると、確かに夢のようにも思う。だが、夢だけに限定できないのは、意識が戻ってきてから、考えていたことをハッキリと覚えているからだ。
 夢を覚えていないことの一つの理由として、
――現実と夢の世界ではあまりにも差がありすぎるからだ――
 と考えることができる。
 それは距離という意味が一番大きな意味を持っている。ただ、それは遠い近いという遠近感覚の問題ではない。時間的な距離もあるのかも知れない。現実世界のように必ず規則正しく刻んだものが、前しか向いていないという、将棋の「歩」のような動きしかしない。「香車」のような動きをしているように意識の中ではあっても、実際には、一歩ずつしか動けないのが現状だ。もし一足飛びに飛び越えたような意識を持ったのなら、必ずどこかでその反動が生まれるはずだ。そのことを梨乃は、今知ったような気がしていた。
 目が覚めるのに、時間が掛かることについても、理屈で説明できる気がしていた。目が覚める時というのは、夢から覚める時と同じだと思ってもいい。
「夢から覚めるのは、トンネルを通るようなものだ」
 それは、以前に読んだ小説に書かれていたフレーズであった。この小説の内容はほとんど覚えていないが、このセリフだけは覚えている。どんな小説にも読んでいると、
――なるほど、感心させられるわ――
 と思うようなことがあるもので、それがシチュエーションだったり、フレーズだったりとまちまちである。感心させられる事柄が多いと思う小説を、
――読んでよかった――
 と思うのだろうと、梨乃は感じていた。
 梨乃が目を覚ますと、そこには蔵人がいた。
――まだ夢の続きなのかしら?
 彼の顔がそばにあり、身体に不自然な汗と、暖かな密着感があったからだ。意識が戻って来るうちに、そこがホテルの部屋であることが分かってくると、
「どうして?」
 という一言しか出てこなかった。
 だが、その一言がすべてを物語っているような気がする。夢を見ていた内容だとすれば理解できないわけではない。妄想とすれば、十分に許されることだったからだ。だが、妄想でなく、これが現実だとすれば、梨乃には理解できないことがあまりにも多すぎる。何も知らないに等しい相手とこのようなこと、今までの自分なら信じられないからだ。
――今までの自分?
 それは、どの段階での「今まで」だと言えるのだろう?
 梨乃は最近夢や占い、そして妄想について、いろいろな発想をするようになった。今までも発想はしていたが、妄想となると話が違う。
 ただ、妄想もしていなかったわけではない。妄想していたとしても、いつもすぐに行き詰まり、気が付けば堂々巡りを繰り返している。どこかに壁があって、そこを突破することができないのだ。
 妄想というのは、自分の中にある欲求不満のはけ口のように思っていたので、あまりいいイメージではない。それ以上の突破ができないのは、
――壁があるからといって、いいイメージではない妄想の壁を突破して、何になるというのかしら?
 と感じるからだった。突破して、そこから先、未来が見えてくるのであればそれでいいのだが、却って逆行してしまうのであれば、ロクなことにはならない。そう思うと、壁の存在すら意識することもなく、突破も叶わないのだろう。突破できたことで初めて知った壁の存在。それはまるで目からウロコが落ちたような感覚だった。
 壁の向こうには、まったく違った妄想が広がっていた。
 なぜなら、堂々巡りを繰り返していたことに気が付かなかったくらい、妄想に限界を感じていなかったのだ。いつも同じところで終わっていたのは、
――今の私には、ここまでしか考えられないんだわ――
 というのは、自分がまだ夢に対して未熟だったことを意識していたからだ。
 妄想という、あまりいいイメージのないものを、
――ひょっとすると違う考えもできるのかも知れない――
 と感じるようになったのは、「個性」ということを考え始めてからだった。
 個性という言葉にはいろいろな捉え方がある。
 普通、個性はいい意味で捉えられることが多いだろう。それは狭義の意味での個性であって、性癖を含めたところの広義の意味での個性を考える人はあまりいない。
 一つの言葉に、いいイメージ、悪いイメージ、両方を持つことは意外と難しいのではないだろうか。どうしても、狭い意味での個性しか目を向けない。性癖を個性だと言ってしまうと、バカにされかねないという思いもあり、そこで柔軟な発想を失わせることになってしまうのだろう。
「俺は若い子が好きだからね」
 ベッドの中で、蔵人が呟いた。
 梨乃は完全に目を覚ましたわけではなかったので、蔵人の言っていることを意識を失っているふりをしながら聞いていた。
 蔵人の呼吸が聞こえる。ホテルの部屋に彼の吐息が響いているのだが、不思議なことに吐息と呼吸とが微妙にリズムが違うように感じられた。
――えっ? 他に誰かいるの?
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次