半分夢幻の副作用
占い師に会いに行って思い出したこと、そして、蔵人を目の前にして思い出していることの多いこと。それだけ、今の梨乃には、占いというキーワードが、過去を思い出させるにふさわしいアイテムになっているようだった。
蔵人は、梨乃をじっと見つめている。梨乃は自分から何か話そうといつもは思うのだが、その日は、話をする内容が出てこない。口に出してしまうと、すべてが消えてしまいそうな気がするからだ。
蔵人が話す言葉に、返事をするだけになってしまっていたが。それで十分な気がした。蔵人も今の梨乃から話題を提供してもらおうという気にはなっていないようで、じっと見つめられる時間が長かった。
――恥かしい?
普通なら、そう感じるのだろうが、恥かしさよりも、少し怖かった。すべてを見透かされているような気がしたからだ。恥かしさを感じるよりも深い思いが、彼にはあるのかも知れないと思うのだった。
梨乃は、蔵人と一緒の空間が、狭いのを感じていた。
確かにバーというのはあまり広い空間ではないが、二人だけの空間がバーの中で占める割合が高いように思える。
ということは、全体的に狭く感じられてしまうということである。これは、この間目が覚めて天井を見た時の
――縦長の世界――
に近いような気がしていた。
縦長の世界は、今までに何度も感じたような気がする。立ちくらみを起こすことが多かった梨乃には、何度も治療室の天井を見つめて、目が覚めた時に感じたことだった。
「大丈夫?」
先生から、そう言われて、
「大丈夫です」
と答えるのも、一種の痩せ我慢であった。
梨乃は、処置室を思い出していると、蔵人の顔をまともに見れなくなった。睡魔が襲ってきたような気がしたからだ。
――まさか、睡眠薬?
と思うと、指先にも痺れを感じ、目の前に歪んだ顔をした蔵人が笑みを浮かべているのを感じた。
――夢を先に見たような感じだわ――
と思ったが、考えてみれば、今まで蔵人と話をしていた記憶の途中からすでに眠っていたのかも知れない。
――一体私はどうなったの?
と思うと、完全な睡眠に落ち込んでしまった梨乃だった。
◇
梨乃は意識が薄れていくのを感じた。今までに梨乃は手術を受けたことがなかったので、全身麻酔がどんなものか分からなかったが、きっと、まったく意識が消えて行くモノなのだろうと想像していた。
しかし、今回の睡魔に関しては、意識は薄れていくが、まったく消えてしまうという感覚はない。手足に痺れも感じるし、
――このまま眠ってしまうんだわ――
という意識もある。
――気が付けば寝ていた――
ということもたまにある。
それは眠りに就くまでは最初から意識を失っていたのだろう。気が付けば、自分の寝息で目が覚めたのだ。イビキを掻いていたというほど大きなものではないのに、ハッと気が付くと、寝息を感じたのだ。
最初、襲ってきた睡魔に、まったく気付かなかった。相当疲れていたのに、意識だけはしっかりしていることもある。それは、徹夜で仕事をした時、ハイな状態になることがあるが、神経が過敏になってしまっていて、まったく眠れない感覚の時である、そんな時は睡魔を感じることもなく、
――気が付けば寝ていた――
という感覚に陥っているのだ。
そのまま眠ってしまえば、きっと目覚めは悪いものではないはずだ。目が覚めて時々頭痛に襲われることがあるが、そんな時は、眠りが中途半端な時である。中途半端な眠りになってしまうと、目覚めは酷いもので、頭痛に吐き気が混じってしまうと、しばらくはベッドから起きれない時もあるくらいだ。
時間的には、四時間前後の睡眠が一番きついかも知れない。短い睡眠であれば、却って楽なもので、次に睡魔が襲って来れば、その時に素直に反応すればいいと思えるからである。
きっと四時間よりも短いと、夢を見るだけの時間がないからなのかも知れない。
――そう思うと、夢を見るのもエネルギーが必要だということなのかも知れないわね――
と感じた。
そのエネルギーを蓄えるのが、四時間以上という睡眠時間なのかも知れない。
睡眠は、起きている時間に蓄積した疲れを癒すだけのものではなく、これから見る夢のために、エネルギーを溜めるために必要な時間なのだ。
睡眠が大切なのだとすれば、夢も同様に大切である。それがいい夢であっても悪い夢であっても、その人に必要なものであるかは、潜在意識だけが知っているように思えてならなかった。
梨乃が今回感じた睡魔に襲われた時に意識があるというのは、あまりないことではあるが、まったくないことではなかった。時々眠りに落ちていく自分を感じることがあるが、普段なら、
――中途半端な睡眠だから、意識があるんだわ――
と思うのだが、その時は、
――何かの力が働いているからなのかも知れない――
と思った。
何かの力とは、すぐには思いつかなかったが、逆に睡魔に襲われている間に、これだけのことを考える余裕があるということは、自分に何かを考えさせようとしている力が存在し、その力が働いているのではないかと思った。今考えていることが、その力の思っていることなのかどうか分からないが、梨乃にとっては、そう思うしかなかった。
――それは今から見ようとしている夢の力なのかも知れないわ――
と感じていた。
――夢に力があるのではないか――
という思いは今までに何度か感じたことがあった。
夢に力があるのか、見た夢を思い出すことで力が生まれるのか、どちらにしても、
――夢は自分を介して力を発揮しているんだわ――
と感じたのだ。
それが予知夢のようなものなのかはハッキリとは分からないが、
――先のことを予見する――
という意味では、占いと似たところがある。
似たところというのは、どんなに近くにあったとしても、必ず平行線を描くように重なることはないという感覚であった。
梨乃にとって今回の睡魔は、
――夢を見ているという夢を見ていた――
という感覚に似ている。
文字にするとまったく意味が分からない禅問答のようだが、抑揚をつけると分かることなのかも知れない。
以前、ブラックユーモアのショートストーリーを読んだことがあった、内容の詳細までは覚えていないが、その中で覚えているのは、不眠症の男がいて、いつも、
「眠れない。眠れない」
と言っているのだ。
病院に行って先生に診てもらっても、
「別に異常はありませんけどね」
と言って、まったく要領を得ない。
主人公は当然いくつもの病院を転々として調べてもらうが、結果は皆同じである。
精密検査も受けた.CTスキャンもしてもらった。何をしても、異常はないのだ。
「精神的なものではないですか? 神経内科を紹介しますので、行ってみてください」
と言われ、神経内科を訪れた。
そこでは、身体を見るのではなく、実際に睡眠効果を与えて、どんな反応になるかということを研究するしかない。医者は患者に詳しい治療方法を説明し、納得ずくで研究に入ったが、
「なんだ、そういうことだったんですね」