半分夢幻の副作用
痩せ我慢をしている彼を見ていると、彼へのイメージがどんどんしぼんでいくのを感じた。彼にとっては、それが大人になった証拠だということなのかも知れないが、梨乃にはそうではなかった。
それ以来、たまに会っていたが、回数を重ねるごとに期間が長くなっていって、彼からの誘いもどんどん少なくなってくる。
梨乃も別段彼と会いたいと思うこともなくなり、次第に自分が彼に会うことがまるで義務感で動いているだけのように思えてならなかったのだ。
――これって自然消滅よね――
もう、お互いに連絡をしなくなった。今まで梨乃は付き合った男性と自然消滅というのはなかっただけに、
――本当に自然だわ――
と、思わず溜息が漏れてしまう。
好きだった人に再会し、その人に興味が湧いていたわけでもないのに、ズルズルと会っていただけだ。
彼は梨乃と肉体関係を迫ることはなかった。好きだと言っておきながら、オンナとして見ていないような感じだった。彼も途中から恋愛感情が失せてしまったのだろう。いつ切り出すかを戸惑っているうちに自然消滅。彼にとってもよかったのかも知れない。
――何か、釈然としないけど――
消化不良を起こしているようで、どうにもイライラ感だけが残った気がした。だがそれも仕方のないこと、とりあえず、
――付き合うことにならなくてよかったわ――
と思うと、今度は不思議なことに、時間を無駄にしたという感覚はなかった。
――まるで彼との時間はなかったことにできそうだわ――
アッサリとした考えなのだろうが、梨乃にとって悪いことではなかった。
それから、梨乃はしばらく彼氏がほしいとは思わなかった。そんな態度がまわりにも見えたのだろう。先輩社員が「おせっかい」を焼いてくれたのは、そんな梨乃を見たからであろう。
それにしても紹介してくれた人がまたしても、「再会」だというのも面白いものだ。しかも相当以前の知り合いで、梨乃の人生の中で半分に割ると、中学時代から高校に入学する時だと思っている。
つまり、高校時代までは、今の意識の記憶であり、中学時代から前は、封印された記憶を呼び起こすことになるのだ。
梨乃はその記憶を呼び起こすまでに結構時間が掛かった。ただ、一旦思い出してしまうと、結構記憶は繋がるもので、
――封印した記憶は、案外繋がっているものなのだわ――
と感じるのだった。
繋がった記憶の中で蔵人の記憶は、芋蔓式によみがえってきた。
――きっと他の記憶は、ここまで繋がって思い出すことはないだろう――
と感じるのは、今までに思い出そうとした中学時代以前の記憶だった。
途中で思い出すのを諦めたこともあるくらいである。
――思い出しても仕方がないわ――
それは、中学時代以前の記憶は、思い出したくもない記憶が多かったからだろう。
成長した記憶として高校時代から後ろがあるのだが、高校時代だけは、暗かった記憶が多い。中学時代とさほど変わっていないはずなのに、どうして自分が中学時代と高校時代で線を引くのか、その時には分からなった。
それは中学時代には思い出したくないとこがあったからかも知れない。
そういえば、中学を卒業する少し前、梨乃は占いを意識したことがあった。今と同じようなイメージだが、それは、
――今の自分を変えたい――
と、生まれて初めて感じた時のことだったからなのかも知れない。
占いと言っても、何かハッキリと決まったものではない。トランプに少し凝った時期があったので、友達が興味を持っていて、一緒に話を聞いた程度だった。話を聞いても詳しいことなど分かるはずもなく、漠然と聞いていただけだった。
蔵人は、梨乃との再会を喜んでいるようだった。
――変だわ――
梨乃の中にある蔵人のイメージは、
――私が苛めた――
というイメージしかなく、彼にとっては、人生の汚点だったのかも知れない。それは梨乃にとっても同じで、自分の性癖を思い知らされたことは恥かしいという思いと、それからどう自分に対して対処していいかを考えさせられるものだったのだ。当然彼も、同じように悩んだことだろう。梨乃のことを思い出したくもない記憶だと思ったに違いない。
だが、それは梨乃の勝手な思い込みだったのかも知れない。
それにしても、蔵人が梨乃と同じようなくせを持っているなど、ビックリした。確か梨乃が彼に対しての苛めの中で、ストーリーのラストを教えることで、本を読む気を失せさせるということがあったはずだ。それなのに、それがそのままくせになるということは、彼の持って生まれた性格が、その時に芽生えたのか、それとも、梨乃の苛めで自分のものになってしまったのか、梨乃はいろいろ考えた。
――まさか、伝染したりしないわよね?
とも、考えたが、ありえないことではない。
そういえば、梨乃が高校時代の友達のくせが、そのまま梨乃に移ってしまったことがあった。
その時はあまり深く考えなかった。その人を尊敬できるところがあって、
――その部分が自分にもできれば――
と思っていた。
実際にできるようになったのは、かなり後になってから、友達と連絡を取らなくなってからのことだった。
――伝染というのは、伝染元の人と別れた後に発症するものなのかも知れないわ――
と思えば、蔵人に対して感じていることも、まんざら
――まさか――
という発想ではなくなるだろう。
高校時代と中学時代、その間に線を引くという発想の元になったのは、ひょっとすると性格の伝染という発想があったのかも知れない。
それは梨乃自身が自覚しているものだけではなく、他の人が感じていることも含めてである。
――伝染したもの。伝染してきたもの――
と、それぞれにあるのだろう。
梨乃は、蔵人を引き合わせた先輩社員が、蔵人のことをどれくらい知っているのかというのも気になっていた。お姉さんの会社の人だということだけど、ただ、それだけで梨乃に紹介したということだろうか?
考えればいくらでも疑えてしまう。
――私って、ここまで疑り深い性格だったのかしら?
確かに不安に思うことは今までに比べて最近増えてきたような気がする。中学時代から高校時代に変わる時も同じような感覚だった。占いが気になるのもそのせいだった。
――ということは、また今からさらにもう一段階の成長があるのかしら?
成長というよりも、人生の分岐点とでもいうべきか。結婚にはまだ早いと思っているが、二十五歳というと、分岐点であっても不思議のない年齢だ。それを思うと、梨乃はまた、この間の占い師を思い出していた。
中学時代に一度占いを意識していなければ、今回もここまで占いを意識することなどなかっただろう。
それにしても、もう一度会いに行った占い師が、同じ場所にいなかったのは不思議だったが、あの場所に行ってみることで、交通事故を見た記憶、さらにクラスメイトの女の子が車に連れ込まれる記憶を思い出した。思い出したくない記憶のはずなのに、思い出すと苛立ちを覚えているはずなのに、梨乃は甘んじて受け止めている自分にビックリしていたのだ。
蔵人と面と向かっているだけでこれだけのことを思い出した。
――まさか、彼も占いに造詣が深いのかしら?