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半分夢幻の副作用

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 梨乃は、テレビで見た内容の原作が、文庫本で販売されていると知れば、読んでみたいと思っている。ただ、すぐに読もうという気はしない。次の日に本屋に行って購入し、そのまま読もうとは思わないということだ。
 数日は少なくとも日を開けるようにしている。
 それは頭の中にまだテレビのイメージが残っているからだ。思い出そうとすると、すぐにイメージが湧いてくるようでは、すぐに原作を読んでみようとは思わない。確かに原作を読んでいるとテレビのイメージが湧いてくるが、それは原作を読むから湧いてくるイメージであって、最初からイメージして思い出すようであれば、まだテレビの影響が深く残っているために、原作を読んでも、比較にならないと思っている。
 梨乃は、原作と小説を比較したいと思っているのだ。だからこそ、原作を最初だけ読んで、すぐに結末のところを読むようになった。それまで、文庫本を読んだことのない梨乃が最初に読んだのが、サスペンスの原作だったことで、どうしても、読み方が歪になってしまった。それは仕方がないことだと、梨乃は考えていた。
 最初に読んだミステリーは、まさにラストの意外性が命というべき小説だった。本格ミステリーであり、正統派でもあることで、途中を読み飛ばしても、違和感はない。小説の中には、途中で登場人物をどんどん増やし、「起承転結」の承の部分にまで転を匂わせるような作風もあるが、それはそれで面白い。しかし、梨乃のように途中からラストを読む人間には邪道に感じられ、面白さを感じない小説になってしまう。ちょうどサスペンスでは、そういうストーリーが珍しいこともあって、梨乃は自分の見てきたストーリーをそのまま読むことができるのがありがたかった。
 学校で、サスペンスの話題をする人はほとんどいない。どちらかというと、学校でサスペンスモノを見たり読んだりする人は少ないのかも知れないと思っていた。
 確かに、サスペンス劇場を見ている人は少ないようだが、小説を読んでいる人は結構いる。口に出さないだけで、サスペンスが好きな人はお互いに分かるようで、他の人に分からないように、ミステリー談義を自分たちだけでしているようだ。
「誰もしないなら、自分たちだけでミステリー談義をまわりの人に分かるようにしても仕方がないからね。俺たちは俺たちだけの世界でミステリー談話をしているんだ。その方が絶対に盛り上がるしね」
 という話を聞いた。
 ミステリーの話をしているのは、男子ばかりで、女子の姿は見えない。男子の中に女子が入るのには賛否両論あるようで、
「女の子がいてくれると、違った目線で見てくれるから面白いかも知れないぞ」
 と言ってくれる人もいれば、
「そんなことはない。女子が入ってしまうと、ここまで盛り上がらないような気がするし、何よりもせっかく男子だけで盛り上がってきたものが、幅が広がりすぎて、希薄になってしまいそうに感じるんだ」
 という意見もあった。
 前者の意見はありがたい限りだが、後者の意見はあまりにも閉鎖的ではないか。
「ミステリーは男の世界だ」
 と言わんばかりの考えには、承服できない梨乃だった。
 女流ミステリー作家も結構いる今の時代に、女子を弾き出そうとする発想は、あまりにも時代の逆行に思える。ただの男ばかりの発想を大切にしたいと思っている人の、女性から見れば、「わがまま」にしか思えない発想は、きっと梨乃以外にも承服できない人もいるだろう。しかもそれは女性だけではなく、男性にもいそうな気がする。やはり、議論を戦わせるには、男女の枠を超えた発想も大切ではないかと思っている人が多いことを証明している。
 梨乃は、ミステリーの話をしている集団の中に、素直に入っていくことができた。それは女性を弾き出そうとする人たちとは違う集団だったのだが、もちろん、公開している集団ではなく、当然サークルとしての承認を得ているわけでもない。
 元々、クラスの中で、あまり集団に属することのなかった梨乃だったので、素直に入っていけたのだろう。
「闇の集団」
 とでも言えばいいのか、いかにもミステリー愛好家としては、お似合いの雰囲気だった。
 集団と言っても、三人ほどだった。紅一点の梨乃はその中でも目立っていたが、彼らは梨乃を女性として意識しているわけではなかった。
 梨乃は、思春期に差し掛かっていることもあって、男性の視線を痛いほど感じることがある。感じる視線には、大人の世界、つまりは未知の世界を感じるのだが、男性の方が、女性よりも露骨なものだと思っていた。
 女性は、どうしても、恥じらいの精神から、大人の世界をオブラートに包もうとするが、男性はそんなことはしない。露骨な方が却って、隠そうとしない分、素直な感覚になるのだろう。だが、彼らはあまり露骨さを表さない。いわゆる「ムッツリ」ではないかと思わせるが、女性の場合の恥じらいとは違って、本当に無関心なのかも知れないと思わせるところがあり、不気味さを醸し出している。
「私は、テレビを見てから小説を読む方なんですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。僕たちは先に小説を読んでしまうので、そのあとテレビ化されたりしても、見てみたい小説と見なくてもいいと思う小説を切り分けるようにしているので、あまり気にしていません。逆に先にテレビを見る人が原作を読むとどんな気分になるのかということに興味がありますね」
 と話してくれていた。
 公式のサークルではないので、部室があるわけではない。教室で小説談義をするわけにもいかず、もっぱら学校の帰りにファーストフーズの店に立ち寄って、話をすることが多かった。
 ファーストフーズの店内は、結構賑やかだった。
 夕方というと、家族連れよりも圧倒的に学生が多い。賑やかなのも当然なのだが、その中で中学生の二、三人のグループが、まるで密談をするかのようにヒソヒソと話をしているのも、何となく異様な雰囲気である。
 本人たちは白熱した話をしているつもりでも、どうしても小説談義などという、学校内で認知されていないという意識があるからか、自然と声も小さくなるというものだ。誰かが少しでも興奮して、声を大きくしようものなら、皆が一気に人差し指を立てて自分の口元に持っていく。
――しまった――
 大声を出した人は、思わず身体を小さくして恐縮してしまうが、その瞬間、三人とも、まわりの視線を気にしてしまうという同じ習性を持っていることが、梨乃としては、少し情けない気がした。
――いくら公式ではないとは言え、ここまで萎縮する必要もないじゃないか――
 と、感じ始めると、次第に自分の中でストレスが溜まってくるのを感じた。
 学校内で、ミステリー小説を密かに読んでいる人を探してみたくなったのも無理のないことで、不思議なことに、中学時代の梨乃には、誰がミステリーを好んで読んでいるかということが分かるような気がしていたのである。
 クラスの中に、一人男の子で、いつも集団から離れている子がいるのを意識はしていた。ただ、彼が小説を密かに読んでいることはそれまで意識していたわけではなかったのに、急に意識してしまったのは、ファーストフーズでの会話を情けないと思うようになってからだ。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次