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半分夢幻の副作用

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 ファーストフーズでの会話を止めたわけではないが、それだけでは溜まってしまうストレスをどうすることもできない。最初は、ファーストフーズでの会話からストレスが溜まっていることに気付かなかったからだ。
――退屈してしまっているからなのかも知れない――
 と感じていた。
 退屈ではなく、情けなさだと思うようになったのだと自覚するようになったのは、それからかなり後のことだった。意外と梨乃は自分のこととなると、理解しているつもりで特に心境に関しては、誤解していることが多かった。
 その男の子は、梨乃から見て、同級生なのに、どこか幼く見えた。成長期の男女を比較すると、女性の方が成長が早いという話を聞いたことがあるが、どうもそれだけではないようだ。彼の閉鎖的な雰囲気と、どこか苛められっこのような雰囲気は、自分から気配を消そうとしているように思えてならなかった。
 梨乃が男の子として今まで意識した人はいなかった。まだまだ思春期とは言え、男性を意識するところまでは行っていなかったのだ。それなのに、彼を意識してしまったのが、初めて男性を意識することになるなど、想像もしていなかっただけに、かなり自分でも驚いている。
――どうして、こんな子を?
 それが母性本能からのものだという意識を持ったのは、それからすぐのことだった。だが、本当に母性本能からなのかは、疑ってみたわけではなく、そう思い込んだだけだったので、母性本能だという意識を持っている間は、彼を男性として意識していたのだ。
 ただ、そこに恋愛感情などあるわけもなく、歪な性的感情に近いものがあったことを、梨乃は意識していなかった。
 誰かから指摘されたわけではなかったが、大人に近づくにしたがって、この時のことが、自分の中の「汚点」として残っていたのも事実だった。
 梨乃は、その男の子を、自分の中で「少年」と呼んでいた。同級生であっても、明らかに自分とは違うという意識、それが優越感となって浸っていることを意識したかったのだろう。
「少年」は従順だった。
 梨乃が近づいていくと、少し避けるような素振りを見せるが、それは梨乃に対してだけではなく、他の人にも同じような素振りを見せる。誰に対しても感じている劣等感、それは梨乃の優越感をはるかに凌ぐものだったに違いない。
 彼の様子を見ていると、苛めたくなるというのは、それまで知らなかった梨乃のもう一つの性格だった。普段から、自分がまるで聖人君子のように思っていた梨乃としては、決して認めたくない性格だった。
 だが、そんな梨乃だったが、まわりと比較する時、絶えず自分がまわりよりも劣っているという感覚があるのも事実だ。自分の中にいくつかの矛盾した性格が同居していることを気付いていた。
 その頃から、少し情緒不安定気味になってきた。もちろん、自分では認めたくないことだったが、まわりの人を見ていると、自分自身で情緒不安定を感じているということを公言している人が少なくないことを知った。それも、前から分かっていたことだったが、皆自分から口にしていたのだ。
「私って、少し情緒不安定気味だわ」
 などという言葉を聞いていながら、言葉に対し、あまりにも自分とかけ離れているからということで意識していなかったのだ。
 確かにその時にはかけ離れた感覚を持っていたのだが、いつの間にか、自分に近い存在になっていたことに気付かずにきたことで、情緒不安定という言葉自体を、あまり耳にしなかったような錯覚を覚えたのだ。
 少年と話をしていると、少しイライラしてくることもあった。
――当たり前のことを当たり前のように話している――
 どうしてそれが苛立ちに繋がるのか分からなかった。だが、彼の当たり前の話は、どこか誇らしげに聞こえるのだ。普通の抑揚で話をするのであれば、あまり苛立つこともないはずなのに、どうして誇らしげに話ができるのか、それが分からなかった。
 それは誇らしげではなく、相手に対して、
――説得したい――
 という気持ちの表れだったようだ。自分の思いの丈をぶつける気持ちは誰にでもあるもの。ただ、その表現方法には、微妙な違いがある。違いがあって当然なのを分かってあげなければいけないはずなのに、それよりも先に苛立ってしまったのは、まだ自分が未熟だということと、自分の性癖に気が付いていないからだったのだ。
――少年を見ていると、どうしても悪戯をしてみたい――
 その頃の梨乃は、悪戯心はあっても、大それたことができるほどではなかった。せいぜい、
――読んでいる小説の内容を、先に話してやる――
 というくらいのことしかできなかった。
 梨乃の中では中途半端な悪戯だったが、少年の中では、かなり鬱積するものがあったようだ。しかも、梨乃の前ではまるで睨まれたカエルのように、何も言い返せないことで、内に籠るしかなかった。それを梨乃は理解できるほど人間ができているわけではないので、さらに苛立つ。
 もっとも、少年を理解できるくらいなら、こんな大人げないことをすることもないに違いない。
 梨乃は、少年に悪戯をしながら、次第にミステリー小説に対して、興味が薄れてきたのを感じた。
 それを自分では、
――飽きてきたんだ――
 と思っていたが、半分は当たっているが、半分は違っていた。少年に対しての悪戯に対し、自分がどうしてこんなことをするのかという理由を理解できないまま、苛立ちだけを覚えていると、結局はその原因となっているミステリー小説に対しても、苛立ちのようなものを覚える結果になるのだった。
 ちょうどその頃から、家でも土曜の夜、集まってサスペンスを見ようという感覚が薄れてきた。肝心の父親が土曜日も出かけることが多くなり、ミステリーを見ることのきっかけを作った人間がいなくなってしまっては、まるで昇った梯子を外されて、置き去りにされてしまった感覚であった。
――ゴーストタウンに風が舞っているような風景――
 それが目を瞑れば浮かんでくる光景であった。
 ミステリーに興味が失せてくると、少年に対しての悪戯も短いものだった。
 ただ、少年もおかしな性格の持ち主で、
――悪戯されればされるほど、興奮する――
 というマゾヒストな性格の持ち主だった。
 そのことを、梨乃はその時分からなかったが、結果的には、その性格を呼び起こすことになったのだ。
 梨乃は次第に少年から遠ざかっていく。今度は梨乃が彼を置き去りにしたような格好である。
 しかし、少年は一旦は梨乃から離れたが、梨乃を完全に手放したわけではない。少年は少年で、梨乃にいいように弄ばれながら、実際には、自分の中では梨乃を操っているかのような錯覚を覚えていた。
――梨乃さんの快感に震える気持ちは、僕が作ってあげたんだ――
 と言わんばかりなのだ。
 そんな少年が近い将来、ストーカー気味の性格となって梨乃の前に現れることになるのだが、その時の梨乃にはまったく想像もつかなかった。ひょっとすると、少年自身にも分かっていなかったに違いない。二人を結びつけることになるのは、時間の経過だけではない何かが、二人の間で共鳴し、継続していたからなのかも知れないと、梨乃は後から感じることになるのだった。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次