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半分夢幻の副作用

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 その男がクラスメイトを車に連れ込んだ。その次の日から彼女は数日間休んで、戻ってきた時には完全に別人のように無口になっていた。
 梨乃は、ショックだった。一番ショックだったのは、クラスメイトが車に乗せられるのを見てしまったことだ。
――あの時、どうして止めることができなかったのかしら?
 自責の念に駆られる。
 しかし、自責というのは、彼女に対して自分が助けてあげられなかったことに対して、自分が苦しんでいることに対しての自責の念である。その証拠が貧血を起こして病院に運ばれたことに繋がっているのだろう。
――もし、他の人なら、自分と同じような立場になったら、どんな感情を抱くのかしら?
 梨乃は、自分と人とを知らず知らずに比べていた。今までの梨乃であれば、そんなことをするはずはない。人と比べることなど、しても意味がないと思っていたからだ。
 だが、今回、無意識に人と比べていることに気付いた梨乃は、今までにも無意識に人と比べていた自分がいたことに気が付いた。自分のまわりに覆いかぶさってくる男たちから受ける恥辱にまみれた空間で、梨乃は次第に自分の感覚がマヒしていく。それは理性であり本能であり、そんなものはすべて蹂躙されてしまえば、一切無力なのだということを思い知らされた。蹂躙されるということがどういうことなのか、梨乃はこの時思い知ったのだ。
 クラスメイトの女の子を思い出していた。彼女は大声で泣き叫んだのだろうか? 声も出なかったのかも知れない。本当の恐怖は、その人から声を奪うと聞いたことがあるが、まさしくそんな状況だったのだろう。
 彼女の中にあった理性や本能がどのようなものだったのか分からないが、今の梨乃には分かるような気がする。いや、蹂躙されている気持ちになって感覚がマヒしている時であるなら、何でも分かるのではないかと思うのだ。それが予知能力であったり、人の考えていることであったりする。
 あの時、皆最初は彼女のことを可愛そうだと思っていたのだろうが、途中から離れていった。それは彼女の中にあった特殊能力が潜在的に引き出されたことで、恐怖を感じたのだろう。
 彼女は今さら自分が一人になることを怖いとは思っていないはずだ。一度は感覚がマヒしてしまって、何事もどうでもいいとまで思った気持ちを元に戻すことなどできっこないからである。
 もし、戻せるとするならば、たった一人だけである。今の梨乃にはそれが分かっている。そう、それは変わってしまう前の自分だけなのだ。元に戻すことができる最低条件は、自分が相手であり、しかも、それをできる自分は、元の自分でしかない。ということは、時間を戻す以外にできることではない。しかも、戻してしまった同じ時間に、二人の自分が存在することなど許されることではない。そこまで考えてくると、どうあがいても、元に戻ることはできない。
――戻ったように見えたとしても、それは限りなく前の自分に近い自分というだけで、元に戻ったわけではない――
 と、梨乃は感じた。
 こうやって考えていると、あの時の彼女の気持ちに限りなく近づいているような気がしている。
 しかし、それは錯覚だった。
 近づいていると言っても、近づけば近づくほど、距離の壁は厚いのだ。
――今でちょうど半分――
 彼女の世界に近づこうとしても、元の自分の世界までと、彼女の行きついた世界までの距離とがちょうど同じだ。どちらに行くかは、目の前に広がった分岐点に委ねる必要がある。
 梨乃は、今の不思議な感覚、寝ているのか起きているのか中途半端な感覚にいる自分が、あの時のクラスメイトの彼女との距離に、ちょうど「半分」を感じることで、今の自分の感覚も、目覚めと夢の世界のちょうど半分にいるのではないかと思うようになった。
 時間が過ぎ去った感覚もないのに、時間だけが過ぎていたというのも、夢の世界と現実のちょうど中間に位置していることで感じたことではないかと思うようになっていた。
 予知能力のような特殊能力も、この目覚めと夢の間の狭間に埋もれていることで分かるのではないだろうか。
 普段なら何も意識することもなく通りすぎて行く時間なのかも知れない。本当は普段夢から覚めてくる間に通り過ぎているはずの場所を、なぜ意識できるのか、それはきっと過去に置き忘れた思いを、取り戻そうとする意志が生まれたからなのかも知れない。
 占い師が言っていた言葉を思い出していた。
「占いに関わることになる」
 占いとはどういうことなのか。梨乃にはよく分からないが、今ここで夢と目覚めの中間を彷徨う時間を自由にできたとすれば、梨乃にとって自分の運命を大きく変える出来事のターニングポイントが今まさにこの時だと言えるだろう。
 人は人生の中にいくつものターニングポイントを持っているというが、今の梨乃は、そのターニングポイントは単独でも存在しうるが、実は一つの線で結ぶことができるもののように思えてならない。延長線上に存在しているもので、トラウマのようなショッキングなことも、その背中合わせとして繋がっているのではないかと思うのだった。クラスメイトの彼女も、トラウマを持ったことによって得た、いや、自分の中から引き出した特殊能力が、本人の意志如何に関わらず、表に出てきたのであろう。それは孤独との引き換えであるが、孤独を悪いことだと思わなければ、それでいい。梨乃は今自分が同じ心境に入り込み、孤独について考えている。
「人と同じでは嫌だ」
 と言っていた自分ではあるが、孤独は嫌だった。矛盾した考えだと思っていたが、それは誰でもが思っていることであり、自分だけではないことに、梨乃は安心感さえ抱いていた。
――だから、孤独は嫌だと思っていたんだわ――
 だが、今は孤独でもいいと思っている。
――自分のことを信じられるのは、自分だけなのよ――
 という思いは頑なな気持ちによるもので、暖かい気持ちに触れれば雪解けになると思っていた。しかし、頑なな気持ちを下手に雪解けすれば、雪崩となって襲い掛かるかも知れないとも思う。それは梨乃にとって、
――頑なな自分を正当化する――
 というだけのものではないように思えたのだ。
 梨乃は、あの時見た交通事故で事故に遭った人がどうなったかを知らない。今までに大きな事故を目撃したことはあったが、被害者を直接見たことはなかった。
 また、クラスメイトの女の子に対しても、蹂躙されたのかも知れないとは思っても、あくまで想像だけで、実際と想像とはまったく違うものではないだろうか。
 それは梨乃も分かっているつもりである。すべてが想像の中だけのことで、それは自分が見えない何かに守られているという感覚を無意識であっても感じていたことなのかも知れない。
――占いに携わるとすれば、見えない何かに守られているという感覚も必要なのかも知れないわ――
 と梨乃は感じていた。
 梨乃は、そう感じながら、その日、眠りに就いた。
 朝起きて、梨乃は一人の男と知り合うことになるという夢を見た。それは今までに感じたことのある正夢に近かった。正夢は予知能力と違って、根拠らしいものはない。ただ、そういう予感を感じたことに、胸躍らせている自分がいることで、それを正夢だと感じるだけだった。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次