小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

半分夢幻の副作用

INDEX|15ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

 梨乃の頭の中で越えたことのないはずの踏切を一度だけ超えたという認識があったのだ。確かに越えた記憶であり、それがいつだったのかは覚えていない。事故を見るよりも前だったとは思う。もし事故を見た後であれば、踏切を渡った時に、何かを感じるはずだからである。
 踏切を渡っている時、一人ではなかったような気がした。その時に、一人の男の子と一緒だったような気がする。
――そうだ。確かその後すぐに引っ越して行ったんだっけ?
 その男の子の家が、踏切よりも向こうだったことで遊びに行ったのを思い出した。遊びに行ったのはその時だけだったので、渡った記憶もその時だけのものなのだ。
 その子が転校して行ったのは、小学五年生の時、ということは、交通事故の後だったのではないだろうか。記憶がまだ錯綜していた。
 クラスメイトの女の子が車に乗り込まれたのは、ちょうど踏切を渡りきったところだった。梨乃はその時、踏切を渡りきっていなかったので、遠くから見ていたつもりだったはずだ。それなのに、今思い出すと連れ込まれる瞬間、すぐそばで見ていたような気がしていた。なぜなら、彼女の表情がよく分かったからだ。ニコニコ笑っていた表情には、まるで知り合いと話をしているような楽しそうな顔が浮かんだからだ。今でもその表情を忘れることはできない。なぜなら、彼女のその時のような楽しそうな表情を見ることが、それ以降なかったからである。
 クラスメイトの彼女とは、実は小学校の頃から一緒だった。同じ中学、同じ高校と進んだのだが、特別仲が良かったというわけでもなく、仲が悪かったわけでもない。お互いにあまり知らなかったはずである。そういう意味では彼女のことを意識したのはその時だけだったと言えるだろう。
 踏切で彼女を見かけるまでは、クラスでも明るい方だったこともあって、友達も多かったが、数日学校を休み、改めて登校してきた時に見せた雰囲気から、まるで別人だと思ったように、まわりの友達も同じことを感じたのか、彼女から人が遠ざかっていった。
――そういえば、私のまわりからも、人が離れていくような気がするんだけど、彼女も似たような感じだったのかしら?
 彼女に何があったのかハッキリと分からないが、それからの彼女に対していろいろな憶測や噂が飛び交っているのが聞こえてきた。その中で、彼女には他の人にはない能力があるかのような話も聞かれた。予知能力もその一つだった。今から思えば、まわりの人たちは彼女の特殊能力に恐れをなしていたことで、距離を置くようになったのかも知れない。
「元々悪戯心が嵩じて、自分の能力に気が付いたらしいわよ」
 という話も聞いたことがあった。
 悪戯心だけで、急に特殊能力が開眼するわけもないような気がしたのは梨乃だけかも知れない。それは、踏切での彼女を見たからだ。あの時に、特殊能力が宿るだけの何かがあったに違いない。表には出てきていないので、誰も知らないだけなのだ。ただ、悪戯心が一つのきっかけになったことは間違いない。踏切のことを思い出し、次第に踏切での今まで忘れていたことを少しずつ思い出してきたのも、何かの前触れかも知れない。
 昨日、占い師がいた住宅街から、踏切のあったところまでは少し距離がある。ずっと行っていないので、踏切が残っているかまでは分からない。ただ、駅は以前のままあるようで、相変わらず乗降客はあまりいないということも知っていた。
 梨乃は、占い師と出会ってから、たったの一日でいろいろなことを考え、今まで思い出さなかったことまで思い出してしまった。それが占い師の言葉を信じたからなのか、それとも、以前から感じていた予知能力を、占い師に看破されたことで、何か意識が別の方向に働いたからなのか、どちらにしても、記憶を意識としてよみがえられたことがただの偶然なのか、あまり意識しないようにしようと思っていた。もし、占い師と出会った次の日に同じ場所で占い師に出会えていたら気持ちは違っていただろうが、出会うことができなかったことで、沸騰した頭の中をクールにして、リセットさせようと考えたからである。それからしばらくは、梨乃も占い師のことを意識しないようにしていたので、考えることもなくなっていたのだ。
――それにしても、急に踏切のことを思い出したのはどうしてなのだろう?
 交通事故が自分の記憶を意識に戻すきっかけになっているとすれば、踏切を思い出すのは当然であるが、交通事故という意味ではなく、クラスメイトの女の子が男たちの車に乗って行った時の印象の方が深く残っている。
 あの時の彼女の表情は、明らかに楽しそうに乗り込んでいった。それなのに、次の日に心から笑うことがなくなったのは、きっと、男たちから蹂躙されたことが原因だと思っていた。
 蹂躙されたりしたのであれば、学校に来れないほどショックを受けているはずなのに、普通に学校に来ている。そして、彼女のまわりで何かがあったという話を聞くこともない。
――あの時に車の中に入って行った彼女を見たのは、錯覚だったのかしら?
 と思うほどであったが、どうしても錯覚には思えない。
 あの時のことをさらに思い出そうとすると、車の中にいた男の中の一人を知っているような気がしていた。その人は、助手席に乗っていた男で、彼に見覚えがあったというのは、中学時代の頃の記憶で、似た人がいたのを感じたからだった。
 それは、小説を読んでいた頃、解決編を人に話していた時期で、引っ越していった少年に面影が似ていたのだ。
 あの頃のようにいつも誰かのそばにいて、弄られる役を甘んじて受け止めていたのだろう。助手席に座っていても、オドオドとした態度が見て取れた。どうやら、クラスメイトの女の子がニコニコ笑っていたのは、彼に対してのようだった。
 その時に助手席に乗っていたであろうその男の子が自殺未遂を図ったという話を聞いたのは、それから数か月ほど経ってのことだった。
 クラスメイトの女の子は、その話を聞いて知っているはずである。彼女も彼とは中学時代知り合いだったはずだ。もし、助手席に乗っていた男の子が彼ではないとしても。自殺未遂の話を聞いた時、何も感じないということはないだろう。
――やはりあの時に、乗っていたのは、彼だったんだ――
 梨乃は、クラスメイトの女の子が彼に対して、絶対的な優越感を持っていたのではないかと思ったのだ。そして、彼も劣等感を持っていた。しかし、その劣等感を跳ね返すだけの気持ちがないくせに、何とかしたいと思ったことで、他の人を利用しようと思ったのかも知れない。そのことが彼にとっていいことなのか悪いことなのか、彼の自殺未遂がすべてを語っているように思えてならない。人に対して優劣感を抱くということは、それなりにリスクを背負うことになるのだということを、梨乃は今さらながらに感じていた。
――占い師に会いたいと思ったのは、自分の中にある優劣感を確認したいという思いがあったからなのかも知れない――
 占い師に会えなかったのは、梨乃が確認したいと思っていることを叶えさせてくれないという警鐘なのではないだろうか?

                     ◇
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次