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半分夢幻の副作用

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 あれだけ意識と記憶が、完全に分離していたはずなのに、それが思い出したくないことに対しての、自然な意識が取る行動だったとすれば、ここで思い出そうとするのは、思い出すことに何か必然性があるからなのかも知れない。
――ここで思い出してしまわないと、ずっと思い出せないままになってしまう――
 という思いと、
――今のこの状況を説明するためには、どうしても、ここで思い出す必要があるんだわ――
 という思いが交錯している。
 梨乃の記憶の中を意識が入り込み、必要な部分を引っ張り出しているように思えた。今思い出そうとしている記憶は、ここで思い出すために残っていた記憶として、引っ張り出しやすいところまで出てきていたようだ。
 そう思った瞬間、梨乃の目がカッと見開いたかのように感じた。綺麗な白壁が急に真っ赤に染まった気がしたからだ。その空間に存在しなかったはずの音が、しばらくして聞こえてきた。
「キーッ、ガッシャン」
 それが車のブレーキと、何か硬いものに衝突する音であることは、音を聞いた瞬間に分かった。
――交通事故だわ――
 と思った瞬間、今度は女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
 そこからの時系列と時間の配分が曖昧だった。すぐに救急車のサイレンが聞こえたかと思うと、けが人が運ばれていく。その人はまったく動かない。
「死んだんじゃないのかしら?」
 と呟いた梨乃の後ろから、もう一人の女性の声が聞こえた。その声が誰なのか確かめようとしたが、咄嗟には振り向くことができなかった。
「救急車は死んだ人は乗せないわ。まだ息があるはずよ」
 という。
 確かに死んだ人であれば、その場から動かしてはいけないだろう。警察の現場検証があるからだ。
 後ろをやっと振り向けたので、振り向いてみると、そこには誰もいなかった。まだ野次馬も集まってきていない。本当に誰もいないのだ。
――あの声は私?
 という疑問と、ここにいるのが自分一人だということの不自然さを肌で感じていたような気がする。そのせいもあって、自分の声が後ろから聞こえてきたことに対して、多少不思議には思ってもさほど、ビックリしていない自分がいることに気が付いた。
 交通事故の現場は、踏切のそばだった。あまりにも事故現場が壮絶なものだったので、まわりを見る余裕がなかったが、しばらくすると、耳鳴りとともに、踏切の警笛の音が、遠くから響いていたのが聞こえていた。
 踏切というところは、今まで意識していなかったが、まわりが静かであるほど、警笛が小さく感じられるものだ。喧騒とした中では音が鳴り響いていて、喧騒が次第に静かになっていくと、それに伴って音も小さくなっていくが、消えることはない。いつまでも警笛の音が鼓膜を刺激していたのだ。
――救急車のパトランプと、踏切警報機の赤いランプが交錯しているように感じる――
 救急車のサイレンの音を聞くと踏切の光景が思い浮かんだり、逆に踏切警報機の音を聞くと、パトランプを思い浮かべたりしてしまうことが今までに何度かあった。それがなぜなのかずっと分からないでいたが、今、何とか思い出していた。
――しかし、光景は思い出せたのだが、一体あれはどこだったのだろう?
 今まで、自分の記憶の中で忘れていたものを幾度か思い出してきたが、それらは、思い出した瞬間に、どこだったかまで思い出すことができたのだが、この記憶だけは思い出すことはできない。
――思い出してはいけない記憶だったのかも知れない――
 と、梨乃は思った。
 思い出してはいけない記憶を思い出してしまったことで、忘れてはいけない記憶を忘れてしまったのではないかと思い、不安な気分になった。こうなったら、中途半端に思い出してしまった記憶のすべてを思い出さなければ気が済まないと思えてきたのだった。
 記憶の中にある踏切には覚えがあった。確か、坂道を上りきったところにあった踏切だったような気がする。住宅街とは少し離れていたが、駅の近くの踏切だった。
 朝夕になると、電車が左右からやってきて、
――開かずの踏切――
 と呼ばれているところであったが、中学に入った頃、近くに高架ができて、次第に踏切を通る車が減ってきた。
 そのせいか、走ってくる車はスピードが上がっていることが多い。中には誰も見ていないと思うと、踏切で徐行しただけで、一旦停止をしない車が増えてきた。通学路にも指定されているので、危ない道路として、警察も警戒をしていたようだ。
 危ないという意識が頭の中に常にあった。
 その意識と、いつか見た交通事故がシンクロしたのかも知れない。踏切の記憶として一番強かったのは、高校に入学する頃の交通量も減って、危険な車が増えた頃の記憶である。その頃の記憶を呼び起こしても、どうしても、ショックを受けるような交通事故を見たという意識はない。ショックを受けるような交通事故を見た記憶があるのは、子供の頃で、まだ小学生の低学年の頃ではなかったか。その頃に見た記憶と踏切の記憶が頭の中で交錯し、何か心境の変化があった時に、飛び出してくる者なのかも知れない。
 交通事故は、今までの記憶の中でも、忘れてしまいたい記憶の一番でもありながら、忘れてしまうことを無意識に拒んでいるのではないかと思える記憶でもあった。真っ赤な色を見るとどうしても意識してしまい、それが血の色なのか、それとも警報機の色なのか、それともパトランプの色なのか、自分でも分からなくなってしまうのだった。
 高校に入学する頃の記憶と、記憶として意識できていない頃に見た交通事故の記憶が交錯するのは、それだけ踏切の記憶も忘れてしまいたい記憶でありながら、忘れてはいけない記憶だと思っているのだろう。
――踏切のところで何があったのだろう?
 記憶の中にあるのは、梨乃が一人で歩いているところで、自分の少し前をクラスメイトの女の子が歩いていた。別に仲が良かったわけでもないので、声を掛けることはしなかったが、後ろから来た車から声を掛けられた彼女が、ニコニコしながら楽しそうに車に乗り込んでいくのを見た。
 運転しているのは、若い男で、助手席にはもう一人若い男がいたようだ。彼女は後ろに乗り込み、そのまま車は踏み切りを渡って、どこかへ行ってしまった。
 それから、数日、彼女は学校を休んでいた。一週間ほどして登校してきたが、様子は明らかにおかしかった。
 最後に見た楽しそうな顔が梨乃には忘れられない。しばらくして、彼女は結局一度も笑う姿を見せないまま、学校を辞めていったのだ。
 最後に母親に連れられて学校を後にする姿を見たが、寂しそうな後ろ姿が何を物語っているかは分からなかった。だが、何か梨乃の想像以上のことがあったのに違いない。結局、彼女が笑った顔を最後に見たのは、自分だということになる。
 梨乃はそのことが一番気になっていた。踏切が気になるのは、そのせいだと思えて仕方がない。そういう意味で踏切には、いい思い出はなかった。
 その踏切を通り超えたことはなかった。電車の乗り場は踏切を渡る手前になるため、踏切を超えることはない。
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次