半分夢幻の副作用
昨日の占い師がいた場所だと思ったところに辿り着いたはずなのに、そこには占い師の姿はなかった。それだけなら、別に不思議はないのだが、昨日と同じ場所だったという気に、どうしてもなれなかった。
――どこが違うのか?
と聞かれると、ハッキリと答えるには、漠然としている。
だが、どこかが違っているというよりも、
――全体的に違っている――
と感じるまでに、それほど時間が掛からなかった。昨日の占い師がいた空間まで、かなり遠く感じられたところが、すぐ近くに壁として感じるのである。要するに、昨日の空間よりも、かなり狭く感じられるのだった。
今朝から、あれだけ占い師の存在を意識していた自分が、肩透かしを食らったようで、不思議な感覚があった。
――そういえば、最近もよくこんな感覚を覚えることがあったわ――
それは自分のことというよりも、まわりからの視線が気になることにあった。
まわりの視線は、最近気になり始めた。何か梨乃を遠ざけるような視線を感じるのであって、梨乃を怖がっているような視線である。
――私が誰かに何かをしたなんて意識まったくないのに――
と、感じていたが、自分からまわりに確かめるわけにもいかない。話しかけようものなら、さらに梨乃から離れて行くのは必至で、今までにない孤独感を味わうことになるからだった。
元々、一人でも、味わう孤独感に嫌な思いはなかった。一人でいて気楽なことの方が多いくらいなので、
――一人の時の過ごし方は、心得ているわ――
と思っているほどだった。
だが、皆が梨乃を遠ざけるのは、怯えからだった。今まで、人から怯えられるようなことはなかったと思っていただけに、一人孤独を味わうだけでいい問題ではなさそうだ。
梨乃は、その時、自分に恐怖を感じた。まわりが梨乃を遠ざけているのを感じた途端、まわりから自分を見る目線になっていたのだ。
――何もしていないのに、睨まれた感覚だ――
と、自分から睨まれる感覚ほど、気持ち悪いものはない。急にどうしてまわりの人が急に遠ざかったのか、分からないでもなかったが、本当の自分がそんな鋭い視線をまわりに浴びせているような感覚など、あるわけもなかった。
梨乃が占い師に見てもらおうと思ったきっかけは、まわりが自分から遠ざかっていることが気になっていたのも一つだった。
占い師にその話をするつもりは最初からなかった。下手に話をして、潜在意識を植え付けるのも嫌だったからだ。もっとも、話さなくても占い師なら、それくらいは分かるだろうと思い、これくらいのことで惑わされているようでは、最初から梨乃の方も占いなど、信じられるわけもない。
ただ、昨日の占いの中で、占い師が梨乃のまわりから人が離れていることに触れることはなかった。しかし、孤独が梨乃にとって悪いことではないという話をしていたのも事実だった。
梨乃がこれから占いに携わる人になるということで、
――自分は他の人と考え方が違うんだ――
と感じていたのも事実だった。
だが、梨乃は最近、自分に予知能力があるかも知れないと感じたことがあった。それも、人に話すことだけが現実になっているようなのだ。それも、人と考え方が違うから、予知能力が備わっているように思うのか、逆に予知能力が備わっているから、人と考え方が違うように思うのか、どちらにしても、本を先に結論から読むようになったことから、始まっているようだ。
昨日、占い師から言われたことが頭に残ったのは、この予知能力への意識があるからだった。もちろん、最初はただの偶然に違いないと思った。今でもただの偶然かも知れないと思っている。だからこそ、占い師にもう一度会ってみたいという気持ちになった。
それにしても、昨日と同じ場所であるはずなのに、占い師がいないだけで、これほど違った場所に感じるなど、おかしなものであった。
占い師がいた場所だけに視線が集中しているように思う。全体を見渡しているつもりなのに、見える範囲が中途半端だった。正面には大きな家の壁がある。薄暗い街灯があるだけで、ハッキリと見えないが、白壁が、ずっと続いているように見える。
目が慣れてくると、普通の白壁だと思っていたところが、何か模様が付いているように見えた、そこにはところどころ、丸い石のようなものが埋め込まれていた。
「家紋だわ」
それは、瓦でできた家紋のようだった。すべてが同じものというわけではなく、よく見ると見覚えがある。
「こんなことなら、学生時代にもっと歴史の勉強しておけばよかったわ」
それは、戦国時代などによく見られる家紋だった。
「格好いいわ」
真っ暗な、そして音一つない重たい空気に包まれた空間の中で、ひっそりと、いや、堂々と佇んでいる家紋を見ていると、威風堂々とした戦国武将が、鎧兜に身を包み、一斉に攻め込んでいく姿が目に浮かんだ。その時に足軽が手にしている傍に靡く家紋、音一つない空間を突き破るかのような、ほら貝の音が聞こえてきそうな錯覚を覚えるのだった。
梨乃は、以前にも同じような家紋を壁に埋め込んである家を見たことがあった。その時は真昼間だったが、やはり威風堂々とした戦国武将を思い浮かべたのだった。
――あの時の家とは、まったく場所が違っているのに――
同じ住宅街でも、場所が違っていた。それは学校に通っていた時の通学路に近く、いつも通っている路地を二つほど入ったところなので、普段からあまり近づくこともなかったのだ。
あの時は思わず迷い込んだ。どうして迷い込んだのかすぐには分からなかったが、確かあの時は考え事をしながら歩いていたので、いつも曲がる角を無視して、まっすぐに行ってしまったのだ。
普段の梨乃なら、そんなことはしない。いくら考え事をしているからといって、無意識にでもいつもの道を通っている。それに、意識が飛んでしまうほど集中して考えていたなど、自分でも思っていなかった。
――どうして、分からなかったんだろう?
いや、分かっているのに、まるで分からないかのように進んでしまったのだろうか。梨乃には時々自分の意識とは裏腹な行動をすることがある。ただ、そんな時ほど、何かがあることが多かった。
――あの時は何があったんだっけ?
簡単に思い出せるものではなかった。その時あった出来事は、そんなに簡単に忘れられるものではないはずなのに、意識が飛んでいたということと、その時に何かがあったということとは、時間の経過とともに、どんどん離れて行ってしまうのだった。
その時、梨乃は急に熱っぽさを感じたことを覚えている。
――どうして、自分の意識があそこまでボンヤリしていたんだろう?
という思いが頭を過ぎった時のことである。
熱っぽさがあったから、ボーっとしてしまって、朦朧とした意識の中で、道を曲がるのを忘れてしまったのだろう。
そう思うと、その時に感じた悪寒が、その後に起こるべきことを、最初から分かっていたことに対して感じた悪寒だったのかと思うと、次第にその時の光景が思い出されてきた。
――思い出したくなんかないのに――