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半分夢幻の副作用

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 とでも言えばいいのか、普段であれば、絶対に交わることのない平行線が交わってしまい、歪な格好を見せているかのようであった。そんな状態を見せつけられると、梨乃は本を再度読み始めることに抵抗もあった。
 しかし、もしこれが呪縛のようなものであるなら、
――虎穴に入らずんば虎子を得ず――
 のことわざが示すように、本を読み進むことが一番早く、しかも正確に夢と現実を分離できると考えているのだ。なぜなら、
――本は最後には完結している――
 ということである。
 現実世界の方は、梨乃が意識している限り、完結はありえない。しかし、本の内容は、必ず完結しているはずなのである。
――最後まで読み終わった後で、私はどのような感想を持つのだろう?
 と、梨乃は考えていたが、まだ、小説も読み始めて、半分にも行っていない。ゴールまではほど遠いのだが、
――夢で見た内容とさほど変わらないのではないか――
 と、感じたのは、予知のようなものが働いたのかも知れない。
 占いや、おみくじとは大きく違っているのだろうが、
――先を見越す――
 という意味では、予知もバカにしたものではない。奇しくも昨日言われたことを思い出しながら、梨乃は忘れかかっている夢を、それ以上忘れないようにしないといけないと感じていた。それが無駄な努力に終わるかも知れないと思いながらも、
――たまには無駄だと思えることを、一生懸命にしてみるのも悪くない――
 と勝手に感じていた。
 小説を読みこんでいくと、初めて感じたことがあった。
 文章の繋がりなど考えたこともなかったのに、その場面場面が思い浮かんでくる。今までひどい時には、セリフだけを端折って読んでいた時も、ある程度場面が思い浮かんでいたが、その時に、もし最初から端折ることなく読み進んでいた時に浮かんでくる光景と、どれほどの違いがあったのかを知りたいと思うのだった。
 今から思えば、それほど違いがなかったのではないかと思う。それも自分の中で予期していたせいもあるのかも知れない。
――私には先を見越す力がある――
 と勝手な想像で有頂天になりかかっていたのも、前の日に占いを見てもらったからであろう。
 今まで占いなど信じることもなく、占いなどというのは、あくまで商売で、占い師というのは、相手が今どのような状態にあり、何を悩んでいるかを見切ることができ、それに対していかに、その人の喜ぶようなことを言えるかというのが商売としてのテクニックだとすれば、実に悲しいことである。少なくとも梨乃は、昨日自分を占ってくれた人が、そんな人ではないことを願って止まないのだった。
 そういう意味でも、もう一度、今日会っておきたい気がした。
――会って、何を話そうというのだろう?
 お礼を言って、そのあと、昨日の占いについて再度聞いてみようという気持ちなのだろうか?
 ただ、梨乃は今占い師の立場で考えようとしていた。すると浮かんできたこととして気になっているのが、
――昨日の占いはあくまで昨日のこと、今日占ってもらうとすれば、まったく違った占いになってしまうかも知れない――
 という思いだった。
 何よりも、昨日の占いについて今日聞こうとするのは愚の骨頂な気がした。占いというのは、かなり神経を遣うものではないかと思う。そうでるならば、時間に対して敏感で、時間が経てば経つほど、前に占ったことを覚えているなど、考えられないような気がしていたのだ。
――ただ、それは私たち凡人が考えることであって、占い師のような特別な人たちには、自分たちの常識が通用しないのかも知れない――
 とも、考えたが、占い師と言えど一人の人間、聖人君子ではないという考えも頭にはある。
 昨夜の占い師は、どちらかというと、前者のような気がしたが、一夜明けてみると、本当にそんな聖人君子などいないと思うようにもなっていた。
 梨乃は小説を読みながら、占い師のことを考えていると、普通なら邪念のような気がするのに、その時は、小説の内容と、占い師のことがまったく無関係のように思えなかった。
 梨乃は自分の中に、意地悪なところがあることを気にしていた。特に中学時代に「少年」に対して小説の内容を先に教えることで、彼がオドオドしている姿を見るのを楽しみにしていた。
 悪趣味と言えば悪趣味だが、それが快感に変わってしまい、そんな性格が他の人に対しても影響しないかと懸念していたが、相手は少年だけのようだった。
――ということは、悪趣味な性格は、少年だけをターゲットにするものだったのかしら?
 それは、自分の性格が適用するのは、少年に対してだけ。つまりは、
――相手が少年だから、悪趣味な性格が出るのか、悪趣味な性格は少年がいたから、表に出てきたのか――
 そのどちらかだと思うと、今は少年がいないことで、自分のこんな性格が表に出ることはないだろう。しかし、そのことは、梨乃が少年に対して特別な感情を抱いているからだということにもなるだろう。それが、恋愛感情のようなものなのか、それとも、見ていて苛めたくなるそんなタイプであって、梨乃がもしサディスティックな性格の持ち主であるならば、その性格が表に出るとすれば、少年だけであるという、部分的な性癖と言えるのかも知れない。
 昨日の占い師は、そのことについて触れなかった。占い師を目の前にした時、
――このことについて、看破されたらどうしよう?
 と、一番強く気にしていたことだった。
 自分の中で一番悪い性格だと思っていることなので、言われなかったことを最初はホッとした気分になったものだが、時間が経つにつれて、やはりそのことに触れなかったのは。相手の悪いことには触れない都合のいいことだけを言う、商売っ気の強い人だったのではないかと思わせる。
 もしそうであれば、少しショックである。昨日の占いの内容も、当てにならないからだ。一体何を信じればいいのか、少し昨日占ってもらおうということを考えた自分が口惜しかった。

                   ◇

 その日の梨乃は、喫茶店で本を読んでいる時間は思ったより長く感じられたのに、気が付けば外は、だいぶ暗くなっていた。時間を確認すると、午後六時を回っている。空腹感を感じてきた。
 空腹ではあったが、あまりたくさんは食べようとは思わなかった。サンドイッチかパスタ程度がちょうどいいのではないかと思い、サンドイッチを注文した。元々小食の梨乃は、この店のエッグサンドが好きだった。
 柔らかさを残したまま軽く焼いたトーストで作られたエッグサンドは他の店には見られない、このお店オリジナルだった。
「コーヒーの香ばしい香りには、やっぱりトーストの焼けた匂いが一番似合うと思いましえね」
 とマスターが言っていたが、まさしくその通りだった。
 暖かな気分になって時間的にもそろそろと思った梨乃は、お金を払うと、喫茶店を後にした。昨日の占い師のいたところまでは、徒歩で十分くらいだろうか。歩くにはちょうどいいくらいの距離だった。交差点をいくつか曲がって住宅街に入り込むと、すぐに昨日の占い師のいた場所に辿り着けるはずだった。
――あれ? 場所を間違えたのかしら?
作品名:半分夢幻の副作用 作家名:森本晃次