半分夢幻の副作用
サスペンス劇場も最初の頃は、毎週楽しみに見ていた。家族の間で、犯人当てをしてみたり、トリックを考えたりと、団らんの中でテレビを見ていたのだが、次第に皆が無口になっていった。
それはサスペンス劇場に対して嵌りこんで見ていたはずではないと思えるのに、どうしてなのだろう? 誰かが何かを言おうものなら、
「しー」
と、まわりから、一斉に叱咤の視線が送られる。子供心に、
――何も喋ってはいけないんだ――
という意識は、息苦しさがあった。それまで楽しく見ていたサスペンス劇場が、次第に毎週の家族で送る「ただの儀式」としてしか認識できなくなっていた。そんな時間が楽しいわけはない。何か打開策を求めなければいけないと思うようになったうえでの結論というのが、
――原作を読むこと――
だったのだ。
嫌でも、家族で一緒に見ようという儀式に逆らえるほど、中学時代の梨乃は親に反発できるような度胸はなかった。親のいうことを聞くことが梨乃の家での役割であり、それができないなどという選択肢は、梨乃の中にはなかったのだ。他のことを考えようとは思わなかったし、思ったとしても、自分が苦しむだけではなかったかと思う。まだまだ学校でも家でも、
――いい子ちゃん――
でなければいけないと思っていたのだ。
本を読む習慣のなかった梨乃は、本屋に顔を出すこともそれまではなかった。学校の図書館には何度もあるが、それは勉強の一環として立ち寄るくらいで、純粋に本を読んでみようなどという意識はなかった。まわりの友達にも本を読む習慣のある人はいなくて、梨乃が読むようになって、つられるように読む友達が増えてきたというのが実情であった。
梨乃が小説を読むようになると、サスペンス劇場の時間、沈黙が続いても、それほど苦痛ではなくなっていた。まわりが少しずつ見えるようになってきたが、テレビを見ていることを苦痛に感じているのは、最初に見始めようと思った父親のようだった。
――だったら、やめればいいのに――
と感じたが、始めた手前、簡単に止めることができないのだろう。
その頃から梨乃は、サスペンス劇場を中途半端にしか見ないようにしていた。最初のように小説とテレビを比較してみようという意識がなくなってきたのである。
そこで考えたのが、
――テレビを中途半端に見ておいて、小説をラストから読む。そのことでストーリーを自分なりに思い浮かべてみよう――
と思ったのだ。
いくら中途半端に見たとしても、ラストは知ってしまっているのだから、ラストを想像しようというのは無理な話。そう思いながら今度は小説を読んでみると、結構いろいろな発想が生まれてきて、
――本を読むのも悪くないわ――
と思うようになっていたのだ。
その時梨乃は、友達の中にいた男友達に対して、他の子にはない感情を持っていた。
別に好きだと言う感情ではないのだが、特別な感情である。
それは、主従関係とでもいうべきか、相手が自分に従順なのをいいことに、自分が優越感に浸れる唯一の相手だと思っていた。
梨乃は、自分が優越感に浸れる相手がいるのとは別に、梨乃で優越感に浸っている人がいるのを知っていたので、その反動があるものだと思っていたのだ。
しかし、実際には、
――三すくみ――
の様相を呈していて、梨乃が優越感を感じている相手に対して、梨乃に劣等感を味あわせている相手が、従属的な関係にあることを知らなかった。いずれは知ることになるのだが、それも梨乃のある行動によってのことだったのだ。
それが中学時代に意識していた「少年」だったかどうか、分からない。少年に対しては小説の内容をばらしてしまったことを意識していただけだった。
だが、梨乃が優越感を感じていたのは少年以外にはなかったはずだ。夢の中で出てきた男の子は果たして少年だったのか、疑わしかった。
――完全な熟睡が、おかしな意識を感じさせたのだろうか?
と考えるようになっていたが、きっと、少年を思い浮かべた時、三すくみの関係を考えないようにしていたことと今見た夢との間で、何かの関係があるのではないかという思いがあるのも事実だったのだ。
また、この夢にはもう一つずれがあるのだが、それは、テレビを見る時、緊張した雰囲気が走り、嫌な気分になってきたと夢では感じたが、本当は、父が一緒にテレビを見ることなく、家を空けていたことが原因だったはずだ。
――家を空けることが多かった父に対して、何か不満を持っていた感情が歪んだ形で夢に出てきたのかしら?
とも思えた。
だとすれば、少年に対しての気持ちも同じような感覚があるのかも知れない。少年に意地悪をしていた自分が、本当は嫌だったはずなのに、今さら思い出してどうするというのか、その時に一緒に思い出した、
――三すくみ――
という思いが、夢を忘れずに覚えているという意識にさせた、
――完全なる熟睡――
に何か意味があるのかも知れないと感じたのだ。
――ひょっとすると、完全なる熟睡は、今までとは違うもう一つの人生の扉を開かせる力を秘めていたのかも知れない――
と感じさせた。
大げさではあるが、昨日の占い師から聞かされた梨乃のこれからのことを思い出すと、何か昨日という日に意味があると思っても無理のないことだ。
――やはり、もう一度、あの占い師に会ってみたい気がするわ――
と考えていた。
時計を見ると、驚いたことに、あれだけの熟睡だったわりには、まだ、夕方にもなっていなかった。昼下がりと言ってもいいほどの、午後三時過ぎではないか。四時間ほどしか寝ていないことになる。
――少なくとも、八時間近くは寝ていたような気がするのに――
梨乃が完全な熟睡を感じる時間的な感覚としては、八時間というのが一つのめどとしている。八時間以上経っていれば、意識がなくとも、
――完全な熟睡――
だと思うのだ。
それは夜の睡眠時間でも同じことで、逆に言えば、それだけ毎日の睡眠も、続けて摂っていないことを意味しているのだった。
完全な熟睡は、梨乃を睡眠の世界とは別に、他の世界にも誘っているのではないかと思わせた。それは、今回の睡眠だけに限ったことではない。今までに見た完全な睡眠による夢の中でも同じことだった。
完全な睡眠が今までにそんなにたくさんあったわけではないにも関わらず、いつも最後に同じ思いをさせられるということだけは思えているのだが、その一つ一つのことを覚えていない。
夢を見たという記憶がないのだから当たり前のことなのだが、本当にそれだけであろうか?
睡眠について考えることの多い梨乃だったが、それは夢に対しての思いでもあったのだ。――夢というのは、睡眠と切っても切り離せないもので、夢を覚えていないというのはおかしなことなのかも知れない――
と思うようになっていた。
――夢を覚えていないのは、決して忘れてしまったわけではなく。記憶のある部分に封印されていて、忘れてしまったような感覚にさせられるだけなのではないか――
と感じていた。
――では、なぜ忘れてしまわせるのか?