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俊一郎の人生

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――自分の成長なのかも知れない――
 と思うようになったのだ。
 本屋の中は暖かく、表の寒さがウソのようだった。
 その日は、デッサンの本で、気に入ったものがあった。
 気に入った本があったことで、余計に暖かさが身に沁みるような感じがして、少し他の本も見てみようという余裕もあった。
 立ち読みなどあまりすることがなかったが、ゆっくりと読んでみると、他にも読みたい本がいろいろあることに気が付いた。
――今度、ゆっくりと見てみるか――
 と、いつもよりも時間が遅いことで、あまり長居はできないと思い、目的の本を買って店を後にしたが、それでも思っていたよりも、本屋に長くいたようで、すでに午後十一時近くになっていた。
 本屋は午後十一時まで開いている店なのでさすがに客は少なかった。ここから家までは徒歩で十分も掛からない。それでも風の強さはさっきよりも増しているようで、特に暖かいところから出てきただけに、余計に寒さが身に沁みた。
 寒さは寂しさをも伴っているようだ。住宅街を通り抜けていくのだが、いつもよりも家から洩れてくる明かりがいつもよりも少ない。しかも、一軒一軒の明かりも普段に比べて暗く感じることで、不気味さすら感じさせた。足元から伸びる影もボンヤリとしていて、足元を見る気にはとてもなれなかった。
 本屋を出てから最初に曲がる角の向こうに、誰かがいると感じたのは、角にある電柱に、影のようなものが見えたからだった。
――足元を気にしていたわけでもないのに――
 それは、虫の知らせのようなものがあったからなのかも知れない。今までにも意識しないつもりでいたものから、何かに気が付くことがしばしばあり、それを、
――虫の知らせとは、こういうことか――
 と、思ったこともあった。
 その頃は虫の知らせというのは、神秘的なものだと思っていたので、自分に何か不思議な力でも備わっているのかとも思ったが、しばしばあるのに、何もご利益のようなものも、災いが降りかかることもないのを考えれば、他の人に比べて聡い性格なのか、それとも、ただの偶然なのかのどちらかに違いない。
 ゆっくり歩いていると、自分の歩幅に同調するかのように。影が動いた。
――こちらの様子が分かるのか?
 と思ったが、それこそただの偶然のようだ。俊一郎が止まっている間、相手が少し動いたのだ。それを見ると、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
 本屋から家までの道を、夜に歩くことは珍しいことではないが、ここまで遅くなったのは久しぶりのことだった。
――一年は経っているかも知れないな――
 懐かしいと思う反面、まるで昨日のことのように思い出されるのはなぜだろう? 目の前に見える影を、以前にも感じていたのかも知れないと思った。
 角に差し掛かると、そこに一人の女性が膝を抱えるように座り込んでいた。寒い中、背中を丸め、丸めた背中をこちらに向けたまま、震えているのが分かる。
 背中を丸めているその姿はまるでアルマジロのようで、可愛い小動物のように見えたが、アルマジロだと思って下手に触ろうとすると、棘のあるアルマジロだったりするかも知れず、気を付けなければいけない。
 可愛いものであったり、綺麗なものには、棘がある可能性もあるので気を付けなければいけない。
 そのことは、俊一郎も分かっているつもりだったので、背中を向けて震えている人が女性だと思った時、すぐには声が掛けられなかった。何をどうしていいのか分からないというのも本音の一つでもあったのだ。
 彼女は、いつからそこにいるのか分からないが、震えを伴って身体を丸めている視線をずっと取っていたのだとすれば、全身の感覚がマヒしてしまっていると思っていいかも知れない。その証拠に後ろに俊一郎が立っていることも分かっていないようだ。じっと見つめていても、一向に後ろを振り向く素振りを見せないからだ。
 どれくらい時間が経ったのだろう? 俊一郎も彼女を見ていると身体が固まってしまったかのようだった。その時間はあっという間だったように思うのは、後になってからのことだった。
 後になってから、
――夢だったのかも知れない――
 と感じることになるのではないかと、この時すでに感じていたのは、身体が固まった瞬間を感じていたからだ。
――このままではいけない。俺まで凍えてしまうではないか――
 とりあえず、そのまま無視していくわけにはいかない。
「大丈夫ですか?」
 さすがに身体が固まってしまっているせいか、彼女はすぐには振り向くことができないようだった。何とかこちらを見たと思ったら、その表情には不安が表れていた。だが、すぐに安心したような表情になり、笑顔になった。
 笑顔にはなったが、唇が真っ青で、身体にも精気が感じられず、痛々しさだけを感じるしかなかったのだ。
「ありがとうございます。少し体調が悪いみたいで、ここで休んでいたら、寒さで動けなくなってしまっていました」
 俊一郎は、コートを脱いで、彼女の身体にかぶせてあげた。そして後ろから抱きかかえるように立ち上がらせると、
「うちが近いので、寄って行ってください。誰か心配している人がいるのであれば、そこから電話すればいい」
 そう言って、まずは彼女の身体を温めることを先決に考えたのだ。
 彼女の背中は曲がったままだった。凍り付いている身体をむやみに伸ばそうとすると、壊れてしまいそうで、何とか背筋が曲がったままでもいいから、連れて歩くことを考えていた。
 背筋は曲がっていても歩くのには問題がないようで、まるでムカデ競争をしているように、お互いに足がもつれないように気を付けながら、俊一郎は自分の部屋まで、何とか彼女を連れていった。
 扉を開けると、少し冷気が流れてきたが、すぐに明かりをつけて、暖房を入れると、思ったよりも早く、部屋は暖かくなった。
 彼女をソファーに横にならせると、俊一郎は、いつも帰宅してすぐに飲めるようにとコーヒーの作る用意はしてあったので、あとは電源を入れて、コーヒーができるのを待つだけだった。
 殺風景な部屋なので、テレビでもつければいいのだろうが、彼女の疲れた表情を見ていると、せめて身体の凍り付きが収まって、呼吸が整うのを待ってあげようと思った。部屋に入ってくるまではさほど感じられなかったが、少し暖かさを外気に感じると、呼吸が荒いのに初めて気づいたのだった。
――思ったよりも、ハスキーな声だ――
 だと感じ、彼女の顔を再度覗き込むと、まだ顔は厳しい表情になっていて、とりあえず身体が温まるのを待つしかないのだろうと感じた。
「大丈夫かい?」
 と、声を掛けてみたが、まともに返事がない。やはり、かなり身体が冷え切っているに違いない。ここまで冷え切った人を見たことがないので、相当体力が消耗していることは想像できた。
――そういえば、俺も子供の頃に、吹雪の中を彷徨った記憶があったな――
 と感じていた。
 その時は、山奥の友達の家に遊びに行った時のことだった。
 友達の家は豪邸と呼ばれるところで、親は会社社長をやっている。まるでお城のような屋敷が聳えたっていて、
――こんなところに人が住んでいるんだ――
 と、一体何人の人が住んでいるのかを、まず最初に考えた。
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次