小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

俊一郎の人生

INDEX|6ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

 この言葉に反応した。
 先輩は、あまり意識せずに言った言葉であろうが、俊一郎の中で、目からウロコが落ちたような感覚だった。
――確かに大学時代も人生が変わって見えていたのかも知れないな――
 彼女がほしいと思う気持ちの中に、
――今までと違う人生を見てみたい――
 という思いが含まれているのかも知れない。
 だが、彼女と一緒にいると、そんな気持ちを感じたという気がしなかった。一緒にいることがまずは一番で、それはそれでいいのだが、そこで満足してしまっていたのではないだろうか。
 要するに、進歩がなかったのである。
 進歩がないということは、考えているつもりになっているだけで、何も考えていないということだ。
 俊一郎は、自分の長所の一つとして、
――何も考えていないつもりでも、結構考えていたりすることがあるからな――
 と、いうところがあったからだ。
 それが進歩を呼ぶというところまでは意識はないが、見えていなかったものが見えてくるという感覚に繋がるということは、漠然としてだが、分かっていたような気がする。
 先輩が話していた、
――人生が違って見える――
 という言葉の裏には、
――今まで見えていなかったものが見えてくる――
 ということが含まれていたに違いない。
 それが進歩であるとすれば、学生時代の彼女たちから、
「分からないの? それじゃあ、しょうがないわね」
 と言われたことが納得いくような気がした。
 彼女たちには、俊一郎に対して、今まで見えていなかったものを見せてくれるような人生を期待していたのかも知れない。それなのに、何ら進歩がないのであれば、彼女たちからすれば、後退しているのではないかと思われても仕方がないだろう。
 何しろ時間は前にしか動かないのだ。後ろに向かっているとすれば、それは、進歩がないということを派生的に考えているからであろう。
 そういえば、デートしている時、彼女が急に喋らなくなったことがあった。そんな時、俊一郎は、何をどう話していいのか分からず、結局、何も言ってあげられなかった。きっと俊一郎に対して、何か試す気持ちがあったのだろう。
 テストを受けているのに、解答を出せないのだから、白紙答案のようなものだ。合格以前の問題である。
 学生時代を回想しながら、先輩の話を聞いていると、俊一郎は、
――彼女がほしい――
 という感覚を思い出した。
 胸のときめきは、学生時代と変わっていない。ただ、付き合い始めてからの自分がいかに今までと同じ轍を繰り返さないかということを、絶えず意識していないといけないだろう。
「俺が紹介してやるから、心配いらないぞ」
 と、先輩が中に入って紹介してくれた。
 実際には、先輩には彼女がいて、彼女の友達に彼氏募集の人がいて、ちょうど俊一郎に白羽の矢が立ったというわけだ。
 きっかけなどはどうでもいい。まずは知り合うことから始めればいいのだ。一歩ずつ歩んでいけば仲良くなるまでは今までと一緒でも問題はない。
「お前は、付き合い始めるまではいいんだが、なかなか続かないからな」
 というのが、学生時代に俊一郎の友達が、彼を見て感じたことのようだった。
 最初は、グループ交際のような感じだった。
「まるで学生時代に戻ったようで、楽しいわ」
 と、彼女がはしゃいで見せた。
 俊一郎は、そんな彼女を見て、思わず笑みが毀れたのを感じた。
――そうだ。この感覚だ――
 学生時代に付き合った女性とうまくいっていた頃の感覚を思い出したような気がした。相手を見ていて、微笑ましく感じる。それが、俊一郎が自分の好みとして選ぶ女性の条件だと思っていた。
 容姿は別にして、性格的にはそれだけで十分だった。
――こんな女性が、俺のそばにずっといてくれたら――
 という思いを抱かせるのだ。
 だが、それだけでは、同じことを繰り返してしまう。
 自分から相手に委ねる気持ちに陥ってしまう。
――俺がしっかりしなければ――
 と思った時、何が大切か、分かった気がした。
――そうだ。自信が大切なのだ――
 学生時代には、自信を持てるような材料が自分の中にはなかった。本当はあったのかも知れないが、
――確証を持てない自分など、ないに等しい――
 と思っていたこともあって、自信がないまま付き合うことで、どうしても、相手への依存心のようなものが芽生えたのかも知れない。
 そんな気持ちを女性は敏感に感じるのだろう。俊一郎には気が付かないだけで、次第に距離が生まれてくるのも当たり前というものだ。
 だが、今は就職して仕事もしている。
 しかも先輩からも褒められ、自他ともに自信を持ってもいいと思えるところに来ているのだ。
――仕事が自信に繋がるなんて――
 仕事に対して、さらに楽しさを植え付けられた気がした。少々のことは我慢もできるだろうし、充実感がやりがいを生むだけではなく、やりがいが充実感を生むという考えも俊一郎には生まれた。
――どの方向から見ても、一度持ってしまった自信を妨げるものはない――
 そう思うと、彼女との恋愛にも自信以外の何も生まれてこないことを感じた。
 彼女は、そんな俊一郎に対して、委ねる気持ちを持ってくれていたようだ。
――やっとトラウマから抜け出せたような気がする――
 そう思うと、今までの人生が何だったのかと思わずにいられない。
 その時が、人生の中で一番充実していた時期だった。
――充実している時期が来るのを、最初から分かっていたような気がする――
 そして、それがどれほどのモノなのかということも、想像できていたように思えた。今までの想像の域から考えれば、一気に膨らんだ発想に違いなかった。
 社会人になってからの仕事が、自分への自信を復活させることになろうとは、確かに思っていなかったはずなのに、前に考えたことがあるような気分に陥っていた。
――まるでデジャブのようではないか――
 俊一郎は、以前に読んだ本に書いてあったデジャブという言葉を思い出していたのだ……。

                   ◇

 デジャブというのは、
――今まで行ったことも、見たこともないはずのところなのに、見た瞬間に、以前から知っているという思いに駆られる――
 ということだ。
 そんなことをいろいろ考えながら歩いていると、すでに家の近くまで来ていることに気が付いた。
 すぐに家に帰ってもよかったのだが、近くにある本屋に寄ってみようと思った。その日は、朝からのんびりしていたので、普段ほどの成果を何か挙げたわけではない。せめて本屋で何かいいものを探してみようと思ったのだ。
 本屋には時々立ち寄る。デッサンに必要な知識や、人の描いたものを見て参考にすることがあったからだ。ただ、大きな本屋ではないので、種類は少ない。デッサンの本を探しにきたつもりで、結局買っていくのは週刊誌だったりすることも少なくない。それでも気持ちの中では、
――今日はどんな本があるだろう?
 と興味を持って本屋に赴く。週刊誌であっても、見方によってはデッサンに役立つところもあったりする。デッサン関係の本以外でも、デッサンに役立つという観点から見ることができるようになったことを、俊一郎は、
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次