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俊一郎の人生

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 後者の場合は、それがやむおえずにしているパターンである。
 泥棒をしないと、餓死してしまうという人など、そのいい例であろう。それ以外は、確信犯で、悪いことだと分かっていてもやめられないという人がほとんどではないだろうか。
 前者のように、悪いことをしているのを意識していない人は、まずまわりから孤立してしまう。まわりの見る目は、あくまでも、悪いことをしている人としてしか見ないからだ。それなのに、自分は悪いことをしていないと思っているから、どうしてまわりが酷い目で自分を見るのか分からない。そこでギャップが生じ、亀裂が走るのである。
 そうなると、孤立は仕方がないことで、本人は捻くれた気持ちになってしまうし、まわりは、そんな本人に対して、
「反省の色が見られない」
 と、言って、分かって悪いことをしている連中と同じような目で見るに違いない。
 しかも、本人に意識がなく、捻くれているのだから、どうしようもない。お互いに歩み寄ろうとすることはなく、近づこうとすれば、余計に悪い方に向いてしまうに違いない。悪循環を繰り返すとはこのことで、堂々巡りよりもタチが悪いと言えるだろう。
 俊一郎も、課長も同じ穴のムジナである。
 ただ、俊一郎は、
――俺はあの人とは違う――
 という意識を持っているので、他の人が見るよりも、余計に違った目で見ているに違いない。それは、自分のことを棚に上げて、蔑んだ目をしているに違いないということである。
 だが、俊一郎には今、大学時代の自分を恥かしいと思い、ストーカー行為を繰り返したことに後悔の念を持っていた。課長もひょっとすると、どこかで後悔しているのかも知れない。もうすでにこの世の人ではないので、確認はできないが、もし、課長が生きていて、夢を見ているとすれば、その夢を覗いてみたいという衝動にも駆られていたのである。
 そういえば、以前課長が夢に出てきたことがあった。それまで一度も夢に出てきたことがなく、また、それ以降も一度もなかった。
 それから数日後に課長は死んだと聞いたので、夢を見たことを完全に忘れていたが、
それは課長が死んだということがショッキングだったことで、忘れてしまったのだと思った。
 だが、思い出してみると、課長がやたらとリアルだった気がした。それは、その時の登場人物の中で、課長だけが宙に浮いた存在だったからだ。
 夢の中に出てくる人は、それほどたくさんいるわけではない。必要以上の人はエキストラであっても、出てくることはない。出てきたとしても、黒子のような存在なのではないだろう。
 もちろん、主人公は自分である。そして、夢の展開に必要最低限の人だけが登場するので、必ず、出てきた人には何らかの意味があったはずだ。夢の中ではそれを覚えている。しかし夢から覚める時に、夢の内容が記憶の奥に封印されてしまうのと同じように、夢で必要だった人も一緒に、まるでおもちゃ箱におもちゃを直しこむように、目が覚めるにしたがって、意識から外れていくのだ。
 だが、その時の課長は、夢の中でどんな役割を演じていたのか分からない。ただ夢の中に存在し、夢にとって必要な人物だったわけではない。
 そう感じた時、
――あの時の課長は、今回の自分のように、自分の夢に入り込んできたのではないだろうか? そして、それを最初から分かっていたので、何をするでもなく、ただ、そこにいただけなのだ――
 と考えることもできる。
 課長も、自分の夢に入り込んだ。そしてしばらくして、入り込まれた俊一郎も若菜の夢に入り込んだ。では、若菜は今度、誰の夢に入り込むというのだろう? もう課長はいないのだ。
――死んでもいい――
 と思ったのは、無意識にそのことを感じていたのかも知れない。ただ、人の夢に入り込んで夢を共有するということにどういう意味があるというのか、それが分からないと、永遠に俊一郎は自分の身体に戻ることができないような気がしていたのだ。

                   ◇

――俺は一体、これからどうなるのだろう?
 最初に人の身体に入り込んだ課長は死んでしまった。
――最初に――
 と言ったのは、俊一郎の知る範囲の中でのことであって、課長もそれ以前に、誰かに夢の中に入られたのかも知れない。
 しかし、課長は交通事故で死んだ。それはひょっとすると、自分の身体に帰ることのできなくなった本人が、身体もろとも、自分の身体を占拠しているもう一人の自分を葬り去ることで、自分に戻れると思ったのかも知れない。
 だが、死んでしまっては、戻る身体は荼毘に付されてしまう。結局戻ることはできないのだ。
 テレビドラマやSF小説などでは、戻る身体がない時、身体が弱っている人の身体に入り込んで、急に息を吹き返すなどという話を見たことがあったが、それでも少しの間延命できただけではないか。それがいいことなのか悪いことなのか、本人にしか分からないだろう。
 俊一郎は、自分がその本人になった時、どう感じるかということを考えてみたが、
――どうもしない――
 としか言いようがなかった。
 まったく知らない人の身体に入り込んで、一体どうやって生きていくというのだ?
 それもさっき考えたことではないか、やはり発想や妄想もどこかに限界があり、結局は堂々巡りの発想を繰り返すだけではないだろうか。
 堂々巡りを繰り返していると、俊一郎は、
――一体、課長はどうして死んだんだ?
 と考えるようになった。
 課長が俊一郎の夢に入ってしまったために、死んでしまったと考えるのであれば、俊一郎も、死んでしまうかも知れない。だが、それは身体が死んでしまうだけで、一緒に死ぬのは、身体を今占拠している「もう一人の自分」だ。
 死んでしまうと、肉体と魂は分離して、魂だけは永遠に生き残るという発想があるが、それも魂が一つだと思えばである。
 しかし、俊一郎はもう一つの魂の存在を知ってしまった。もう一つの魂があるということは、他にも魂があるかも知れない。きっと、死ぬ時に一緒に身体の中にいた自分だけが、肉体とともに滅んでしまうのではないだろうか。
――課長の夢を見たのって、本当はいつだったんだろう?
 もし、課長が死んだ後だとすれば、夢の中に入ってきた課長は、弾き出された魂の一つだということになる。
 そう感じた時、俊一郎も嫌な予感とともに、悪寒を感じた。
 身体から離れた魂が、他の人の夢の中に入りこむというのであれば、俊一郎は、今本当に生きているのであろうか?
 俊一郎も、知らない間に死んでいて、肉体から弾き出された「いくつかの魂の中の一つ」が、若菜の夢の中に入り込んでしまっているのではないか?
 そう思うと、最後に見た夢の記憶の中にあった交通事故のイメージ、相当リアルだったのを覚えている。
 若菜が俊一郎を殺そうとしていたが、殺せない。それはすでに死んでいる相手だからではないだろうか?
 課長を殺そうとして殺せなかったのも、半分自分は死んでいたからなのかも知れない。
 人が死を迎えるのに、いきなりというのはありえないと俊一郎は思っている。
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次