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俊一郎の人生

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――俺は目だけの存在なのか?
 存在は目だけであるが、発想は明らかに自分の発想である。力を持っているもう一人の自分に、発想する力や、感情が備わっているかというと、備わっていないとしか思えない。もし備わっていたとするならば、それは今まで自分が気付かなかった心の奥の自分が、本当に存在しているのかも知れないと感じるのだった。
 若菜は、俊一郎を殺そうと思ったが、俊一郎が自分の夢に関わってくることを最初から分かっていたと思うのは、突飛過ぎる発想であろうか。俊一郎のいることが、自分の人生の邪魔になるだけではなく、死活問題に繋がることを分かっていたのだとすれば、若菜が夢から覚めようとしないのも分かる気がする。
 もし、このまま目が覚めてしまうと、俊一郎もまた自分の身体に戻ってしまう。すると、次に俊一郎が夢を見る時は、また若菜の夢の中ではないかと思うと、うかうか夢を見ることもできない。
 夢の中に入りこまれた方は、かなりの精神的な苦痛を味わうのかも知れない。
――若菜は、今までにも誰かに夢の中に入られたことがあったのかも知れない――
 若菜が、今大きな後悔の念に襲われているのではないかと、俊一郎は感じていた。それは俊一郎が、若菜本人には見えない夢の一部を見ているからだ。だが、それはあくまで一部であって、すべてを見通すことなどできないのであった。
 俊一郎は、核心に近づいているにも関わらず、堂々巡りを繰り返している。そのうちに若菜の夢の中にも慣れてきたようだ。少し気が楽になってきた俊一郎は、若菜の夢から離れることができそうに思え、自分の抜け殻がどうなったのか、想像することができた。
 俊一郎は、ベッドの中でこん睡していたが、身体に近づいた瞬間、パチリと目を開け、目を覚ましたようだ。
――えっ?
 目を覚ました俊一郎の視線が、見えないはずの俊一郎を捉えた。そして、目をこするわけでもなく、完全に目が覚めているのだ。その間には瞬きするほどの時間しかなく、カッと見開いた眼は、虚空を捉えていた。
 だが、その虚空には、身体の持ち主である、魂だけになっている俊一郎がいる。それを知ってか知らずか、目を覚ました俊一郎は、口元を歪めて笑みを浮かべたが、この世のものではないと思うほどの不気味なものだった。
 なぜ、そんなに不気味なのか、理由は分かった。
――瞬きを一切していない――
 本当の自分がここにいるのだから、抜け殻のはずの俊一郎は人間ではないという感覚がある。人間ではないのなら、瞬きをしなくても不思議はない。昔から妖怪や化け物の類の恐ろしさは絵やマンガで見てきたが、まさにそんな雰囲気を漂わせるのが、抜け殻になったはずの俊一郎だった。
 不気味な笑顔は、バカな妄想をしている俊一郎を嘲笑っているかのようだった。
 妄想など、勝手な思い込みであって、身体を離れてしまったことが致命的であるとでも言わんばかりの表情が見て取れた。
 自分の身体の中にいる俊一郎を見て、
――これが本当の自分なのではないか? だとしたら今これを考えている自分は一体誰なんだ?
 と感じた。
 少しずついろいろなことが分かってきていることで、自分が万能なのではないかと思うようになっていた俊一郎は、
――妄想は、どこまで行っても妄想でしかない――
 と思うようになっていた。
 若菜の夢に、若菜の力で引き寄せられたのだと思ったが、実際には自分の中にもう一人の自分がいて、
「いつ成り代わってやろうか?」
 と、表に出ることを虎視眈々と狙っていたのかも知れない。魂が表に出るなどありえないという思いが、
――夢の中なら許される――
 という発想を持ってしまったことで、体よく追い出されたのかも知れない。しかもその時に、若菜の方からの引き寄せる力も手伝っていたとすれば、身体の外に出てしまったことで、すでにその時に、自分は前の身体に戻ることができなくなってしまっていたのかも知れない。
 若菜が引き寄せたといっても、若菜の意志ではない。すると、他にまだ目に見えない力が働いているのではないだろうか?
 自分の身体に戻れないことを察した俊一郎は、若菜の中に戻ってきた。
 すると、先ほど、若菜がナイフを持って俊一郎に襲い掛かっていて、抵抗しようと思ったその場に戻っていたのだ。
 若菜の表情は、情けなさそうに見えた。最初は必死だったように思えたのだが、自分の身体に戻ってから、違って相手が見えるようになったのかも知れない。
 情けなさそうなのは、俊一郎も同じだった。
――若菜を殺さないと殺される――
 というイメージが浮かんでくると、さっきまで考えていた、自分の身体に戻ることを断念した気分になっていた。
――どうせ、戻れないんだ。それなら、このまま自分が若菜に成り代わって……
 とも感じたが、殺してしまうと、まったく過去のことを知らない人の身体の中で今後の人生を生きていくことになる。それがどういうことかということを考える余裕もなくなっていた。
 助かりたい一心だったのだろうか?
 もう少し精神状態が正常なら、今後の人生のことも考える余裕があっただろう。それも少しの時間で、それくらいのことは頭の中に描くことができるはずの俊一郎だった。
 俊一郎は、若菜を殺そうとしたが、殺すことはできなかった。冷静な精神状態に戻れたからではない。若菜が俊一郎を殺そうとしているのに、俊一郎はなかなか死なない。俊一郎も若菜を殺そうとしているのに、死ぬ気配もない。
――この夢の中では、誰かが死ぬという発想自体がありえないものなのかも知れない――
 と感じた。
 若菜が最初に俊一郎と出会った時、
――死んでもいい――
 という心境だったのは間違いない。その死んでもいいという発想が、若菜の性格であるとすれば、俊一郎が若菜の夢に入り込んで抜けられなくなってしまったことで若菜が死んでもいいという発想に至ったのは、頷けるところでもある。
 見ている夢にも可能性があるのではないかと、俊一郎は感じてきた。一つのことを感じると、可能性は無限に広がってくるような気がしていたが、夢であったとしても、可能性を無限に広げないように、力が働いているのではないだろうか。
 一つの夢を見ていると、浮かんでくる発想は一つしかなく、発想に向かって進んでいくのが夢の世界である。現実世界では、発想とは関係なく、進んでいるように思うが、実は発想も大いに影響しているのではないだろうか。理性という力が発想であるという意識を抑えていると考えれば、理屈としては成り立つような気がする。
 俊一郎は、交通事故で死んだ夢を見たことで、若菜との夢の共有を感じた。交通事故で死んだのは課長だったはずだ。若菜の頭の中には、交通事故で死んだのは、俊一郎ということになっているのだろうか?
 俊一郎と課長を混同して考えているとも考えられる。
 そういえば、俊一郎も大学時代に課長のようにストーカー行為をしていた。本人にはその意識はまったくなかったので、課長も同じではないだろうか?
 世間一般に悪いことをしているという人は、二つに分けられる。一つは自分が悪いことをしているという意識のない人。そして、もう一つは、分かって悪いことをしている人である。
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次