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俊一郎の人生

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 若菜という女性は、寂しそうな表情をすると、
――この人の寂しそうな表情が、男を引き付けるんじゃないかな?
 と感じた。
 男性が女性に引き付けられる要素はいろいろあるだろう。
 笑顔の素敵な人であったり、大人の雰囲気を持っている人、その中に寂しさが男性を引き寄せる女性がいてもいいに違いない。
 ただ、今までに俊一郎は、寂しそうな雰囲気を持っている女性に引き付けられた経験はない。今まで、そんな女性が自分のまわりにいなかったからであろうが、なぜいなかったのかを考えると、自分にも原因があるのではないかと思う。
 男性であれ、女性であれ、異性を引き付けるのは、その人の魅力だけだと思っていたが、それだけではないような気がする。いくら魅力を感じる人がそばにいても、実際に付き合ってうまくいくとは限らない。あくまでうまくいくかどうかは、相性であって、それは魅力を感じるだけでなく、会話が成立したり、身体の相性というのも重要だったりする。そのことは、少しだけではあるが、俊一郎にも分かっている。
 今までに何度となく失恋をしてきたが、最終的に、
――相性が合わなかったんだ――
 という考えが別れた理由に結びついてくるのだった。
 それは共通したもので、会話が成立しなかったり、中には相手から身体の相性で別れを告げられたこともあった。
 理不尽だと思いながら、悩んだりしたが、結局最後は、
――相性が合わない――
 という共通した理由に行きついてしまえば、理不尽だとは思うが、別れの理由に対しては納得できた。
 若菜が元付き合っていた男性と別れたのも、
「実際に相性が合わなかったのよ」
 と、聞いてもいないのに、吐いて捨てるような口調で言った。よほど、別れた彼のことが気に入らなかったようである。
 本当はお互いに別れるつもりだったようなのだが、先に彼の方から切り出されたことが、若菜にとっては、辛いところのようだ。
 だから、彼の話題になると、吐き捨てるような言い方になり、
――言わなければいいのに――
 と思ったのだが、若菜という女性は、それを口にしてしまわないと気が済まない女性なのだろう。
 そういう人は俊一郎のまわりにもいる。途中まで話をしたのであれば、全部話さないと我慢できない性格の人はいるものだ。若菜という女性はそんな女性で、
――自分とも似たところがあるのではないか――
 と、俊一郎はその時初めて若菜にそう感じたのだ。
――自分の言いたいことをついつい口走ってしまうのはなぜだろう?
 自分にも同じようなところがあり、若菜にもあるのだとすれば、若菜を見ていれば、どうして自分がそんな性格なのかが分かってくるのではないかと思っている。それがいい性格なのか悪い性格なのか分からない。いい性格であれば、知っておく方がいいと思うし、悪い性格であれば、知ることが果たしていいのかは疑問であった。しかし、若菜と出会ったのがただの偶然ではないと思うと、知りたいと思うのも当然のように思えてきたのだった。
 俊一郎はまず自分がどうして言いたいことを黙っておけない性格なのかを考えた。
 最初は、それを素直な性格なのだろうと思っていた。それは学生時代に考えていたことで、素直な性格ならば、悪い性格ではない。
 しかし、社会人になると、それが通用しなくなった。海千山千の先輩社会人を相手にしていて、言いたいことを素直に話してしまうと、相手の術中に嵌ってしまい、主導権を完全に相手に握られてしまう。営業なら致命的だった。
 俊一郎は、幸か不幸か、営業ではない。管理部門での配属であったが、商談がないわけではない。業者とのやり取りにはなるべく気を付けるようにしているが、たまに言わなくてもいいことを言ってしまいそうになることがあり、ハッとしてしまう。今までに大きな問題にならなかったが、小さな問題はいくつかあった。
――仕事の時と、プライベートでは、自分を変えればいいんだ――
 簡単にできることではないが、そのことを心掛けていると、意外と気が楽になった。大きな問題にならないのは、その気持ちがあるからで、今まで意外と何とかなってきたのも、俊一郎の特徴でもあった。
――気の持ちようで何とかなるものだな――
 神経質にばかりなっていても、ネガティブになるだけだ。俊一郎には以前からネガティブに考えてしまうところがあったが、逆に何とかなると思うようになり、一度でも何とかなると、それを信じようと思ったことが、いつも功を奏しているのかも知れない。
 若菜を見ていると、少し俊一郎とは違うようだ。
 どうしてもネガティブに考えるところがあるというのは、今までの俊一郎の目から見れば分かることだ。
 俊一郎は、少し前の自分を想像してみた。
――もし、少し前の自分と若菜さんが知り合っていれば、どんな関係になったことだろう?
 お互いにマイナス要素を引き出すことになるかも知れない、今の俊一郎であれば、
「マイナスとマイナスを掛け合せれば、プラスになるさ」
 と、能天気と言えるほどの発想をするに違いないが、自分がマイナス要素であれば、そんな発想に行きつくはずもない。
 俊一郎は、前を歩いていて、後ろを振り向いている。前を向いている時は気配をすぐ後ろに感じていたはずの若菜が、思ったよりも遠くにいることに気付く。
――想像よりもネガティブな性格なのかも知れない――
 と感じたが、それよりも、若菜に昔の自分を感じているのではないかと思うようになっていた。
 若菜のいる位置が、以前の自分のどのあたりだったのか、前を向いて気配を感じている時は、さほど前ではないと思っていたのに、実際に自分の過去と照らし合わせれば、かなり遠いということは、今の自分から感じる彼女のイメージと、自分の過去とではずれがあるようだ。
 そのずれが一体何かと考えていると、行きつく先は、
――寂しさ――
 という感覚だった。
 話を聞いているだけでは、さほど寂しさを感じない若菜だったが、自分の過去と照らし合わせると、彼女のような考え方をしていた時期は、俊一郎にとってかなり以前のことであり、その時には寂しさをハッキリと感じていたのだ。
 逆に言えば、俊一郎が今の性格に行きつくまでに寂しさという感覚をずっと持っていたはずなのだが、思ったよりも、かなり以前に寂しさという感覚から脱皮していたのではないかと考えた。
 寂しさがなくなっても、それ以外の要素から、どうしてもポジティブになれないところがあった。それは、俊一郎がデッサンを始めた時期が関係している。
 デッサンを始めると、それまで感じていた寂しさはなくなった。
「彼女なんていなくていい」
 と言っていたくらいだからである。
 だが、心の中でどうしてもポジティブになれなかった原因は何かハッキリとはしないが、その間にあったものが一つの不安だったのではないかと思うようになった。
 それが、趣味をしている時に、誰かに邪魔されないだろうかという気持ちである。
 課長を殺してしまいたいとまで思った危険な考え、あれは、不安から生まれたものだ。不安がある程度現実になり。自分の趣味に関わってくるかも知れないと感じた時の焦りを思い出すと、何とも言えない気持ちになった。
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次