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俊一郎の人生

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「ええ、会社なんて入ってみればどこも同じなのかも知れないと思いながら、ずっと仕事をしていました。テレビドラマなんかで見ている会社とは、かなりイメージは違ったんですけど、逆にその違いが、どこの会社も同じような感じなのだろうって思わせる原因になったようで、これって皮肉なものですよね」
 若菜の言ってることは半分分かったが、半分は分からなかった。
 なるほど、どこの会社も同じようなものだということは俊一郎も感じていた。だが、それをテレビドラマと比較して考えるところがユニークだった。
――もし、微妙なところで違っていたら、どこの会社も同じだなんて発想は生まれなかったんだろうか?
 と、感じた。
 ひょっとすると、普通の女の子では経験することのできなかったキャバクラという世界で、男性を見てくると、そこから、違う視線で、会社というのを見てきたのかも知れない。そして自分が考えていた会社のイメージと、テレビのイメージが最初から違っていることを感じていたとすれば、自分が会社の中に入ると、最初に感じた思いと同じであれば、そのまま、どこの会社もあまり変わらないという意識に確証が持てたのだろう。
――若菜さんは、人生経験をしたんだな――
 と思って見ていたが、そんな彼女が死んでもいいなどというところまでの悩みを抱えていたのはどういうことだろう。
「人生って、思ったようには行かないものですよね」
 若菜は、ボソッと呟いた。
 それは、聞こえるか聞こえないか程度の蚊の鳴くような声で、それでも、しっかり聞き取れたのは、若菜に集中していたからだろう。
 部屋の中は十分に静かだった。これだけ静かだと、却って耳鳴りが襲ってくるようで、キーンという普段聞き慣れないはずの音なのに、耳から離れないでいると、普段から聞いている音のように聞こえてきた。
 若菜が話すことも、その耳鳴りに吸収されてしまうように思えるくらいだったので、俊一郎は、余計に集中して聞こうと思ったのだ。
 若菜の声は、声の大きさに比例して、低くなっていくようだ。そのため、声が小さすぎず、大きすぎない微妙な声の時、耳鳴りに吸収されてしまいそうになる。微妙な声の大きさは、まるで図ったかのようで、本当に聞きたいことは、その微妙な声を発する時に口から放たれるようで、よほど集中して聞いていないと、聞きそびれるのであった。
 俊一郎は、若菜に近づいた。その声を絶対に聞き逃さないようにしようという意志をしっかりと持っていた。
――聞き逃せば、若菜のことを永遠に理解できないかも知れない――
 そこまで考えるほど、若菜のことが気になって仕方がない。
 それは若菜が、キャバクラでアルバイトをしていたということを聞いたからだった。もし聞かなければ、ここまで意識したかどうか分からない。聞く前の自分の心境を思い出すことは今さら困難だった。それだけ、若菜がキャバクラでアルバイトをしていたという話は、俊一郎にとってインパクトの強いものだったのだ。
――それにしても、死んでもいいと思うのは、どういう心境なのだろう?
 死にたいと思うのと、死んでもいいと思うのとではまったく違う。
 死にたいと思うのは、死のうとする意志が働いているもので、死んでもいいというのは、死ということに意識を強く持っているということである。意志と意識では、能動的なものと受動的なものという意味で違っている。死というものに対してであれば、受動的な考えは、よほど何も考えられないほど、自分を苛め抜いた後なのかも知れないと思った。どちらにしても、俊一郎には死というものに対しての閾は高い、若菜をずっと見ていて本当に分かってくるのかということも疑問だった。少なくとも、今の若菜は死んでもいいとは思っていないようだ。さっき、小さな声で呟いたのを聞き逃さなかった。
「人間、そう何度も、死んでもいいなんて思えるものではないわ」
 と、確かに言っていたのだった。
 死にたいという思いと、死んでもいいという思いとでは、自分の中でつける整理のつけ方が違うのだということに気付いたのは最近のことだった。整理のつけ方というよりも、考え方の違いと言った方が分かりやすいが、やはりここでは整理のつけ方の方が、頭の中でスッキリできるような気がしていた。
「実は、気になっている人が死んだことで、死んでもいいと思うようになったんです」
 と、若菜は言った。
「そんなに好きな人だったのかい?」
「好きな人……。うーん、そうかも知れませんね。でも、最初は好きだなんて思いもしなかったんですよ」
「でも気になっていたんでしょう?」
「ええ、気になっていたというよりも、気にしなければいけなかった人というべきかしら? その人が私に与えた影響は、かなりのものだったんですね」
 どうにも話をしていて要領を得ない。
 彼女が何を言いたいのか、そもそも、俊一郎に対して、聞いてほしいと思って口にしていることなのか分からない。
――ただ、口にしないと我慢できない――
 ということもあるだろう。そう思うと、若菜に対して、俊一郎はどう対応していいのか、さらに分からなくなっていた。
「その人はどういう人だったんですか?」
 とりあえず、そこから聞いていくしかない。漠然とした聞き方であるが、
――若菜にとって――
 というつもりで聞いているのだが、若菜はそこまで頭が回っているだろうか?
「彼がどこの誰なのか、本当は詳しいことは何も知らないんです」
 まったく予想外の返事が返ってきた。よく知らない人が死んだ。そのことが自分に影響を与えるとすれば、よほどのインパクトが残っているのだろう。
「一体、若菜さんとその人の間に何があったんですか?」
 若菜は、少し俯き加減で、解答を渋っているのが分かった。
 どう返事をしていいのか、まるで言葉を選んでいるかのように、恐る恐る口を開いた。
「私からのアクションはまったくなかったんですが、その人は、いつも帰りの同じ電車に乗っていたんですよ。私は最初はまったく意識していなかったんですが、そのうちにその人の視線を気にするようになったんです」
「遠くから眺められているような感じなのかい?」
「そうですね。私には今までそんな経験がなかったので、気持ち悪くて、電車に乗る車両を変えてみたりしたんですが、結局その人もついてくるんですよ。それも示し合わせたように同じところに乗っているんですね」
「じゃあ、その人は、若菜さんよりも前に電車に乗っているということですか?」
「ええ、ですから、まるで私の方が示し合わせているようで、余計に気持ち悪くなるんですよ」
 自分の意志に関係なく、相手の方に近づいているように思うのは、本当に気持ち悪いことだろう。
 俊一郎にも同じようなことがあった。
 中学の時に、嫌いな友達がいて、自分は近づきたくないのに、いつも彼がそばにいるのだ。しかも示し合わせたようにして寄って行くのは、誰が見ても俊一郎の方だった。
「違うんだ。俺じゃないんだ」
 と、心の中で叫んでも誰にも聞こえない。
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次