俊一郎の人生
すでに飽和状態の段階で、俊一郎は、自分の気持ちを相手にぶつけているので、彼女たちも俊一郎に対して、好感度はかなりあったのではないだろうか。自分でもそう思っているが、まんざら買い被りでもなさそうだった。
――一人に決めない方がいいのかな?
同じ人に何度か相手をしてもらったことがあり、二度目以降は最初に比べて、感情は最高潮になれた。ただ、それは彼女たちへの感情が深まったというよりも、
――近づくべくして近づいた仲――
だという気持ちになれたのだ。
会話はその分盛り上がる。まるで、彼女の部屋に帰ってきたような感覚だった。
――俺も彼女ができれば変わるのかな?
彼女がいないから風俗嬢に彼女を求めているのではないかという思いは、もちろんあった。しかし、風俗に通っているから、彼女ができないのだとは思わない。作らないと思っているわけではないが、いらないという思いはある。
逆に彼女ができたら、風俗通いを止めるかと言われれば、止めないような気がする。もし彼女に見つかって、
「私と付き合いたいなら、風俗通いを止めて」
などと言われたら、迷わず、付き合いをやめるだろう。
しかし、彼女が何も言わない女性であった時が、気になるところである。痛いほどの視線を浴びているような錯覚に陥るだろう。相手が何を考えているのか分からないということが、人間関係において一番難しいところだと思うからだ。いっそのこと、罵倒されてみて、その時に自分がどう感じるかということを考えた方が、よほど気が楽である。
少なくとも、風俗の女の子に、高飛車な女性はいない。そう思い込ませているのは、まわりの女の子で、
「私と付き合いたいなら、風俗通いを止めて」
などという言い方しかできない女性しか、まわりにはいないように思えるからだ。
「私、学生時代にアルバイトで、キャバクラにいたんです」
彼女は、おもむろに話し始めた。その目は、学生時代に自分の相手をしてくれた女の子を彷彿させるもので、
――どこかで見たという思いを、そのまま感じさせる視線だ――
と感じた。
きっと、若菜は今の俊一郎の心境を分かっていて、
――この人なら、話したら分かってくれる――
という思いに駆られたのではないだろうか。
もしそうであれば、俊一郎は、男冥利に尽きる。そう感じると、またしても、学生時代に感じたことを思い出した。
――これもデジャブなんだろうか?
若菜とは、真正面から話をしてみたいと感じた。照れ臭さから、凝視できないかも知れないが、それでも真正面から見てみたい。この思いは、最初に風俗に行った日を思い出させるものだった。
結局、その日は「オトコ」になることはできなかった。萎縮してしまってできなかったわけではない。間違いなく身体は反応していた。
――一生に一度あるかないかの経験――
と思ったのは、身体の反応を精神が抑えることができたからだ。
その時のことを思い出したということは、もし今日ここで若菜に身体が反応したとしても、精神で抑えることができるかも知れない。デジャブという意識は、感情すらも過去に誘うだけの力を持っているということであろうか。
若菜には、十分な女性の魅力を感じる。キャバクラでも人気があったかも知れないと思ったが、そう思った瞬間に、若菜にジロリと睨まれた気がして、
――この人は、相手の気持ちが分かるのかな?
と感じた。
それが、自分に対して偏見の目を向けた人に対してだけなのか、それとも相手が俊一郎だからなのか、それとも、誰であっても相手の気持ちが分かる性格なのか、すぐには分からなかった。ただ、俊一郎が若菜を助けたことは、今までとは違う若菜が出来上がっていくようで嬉しい気持ちもあったが、逆に、知り合う前の若菜がどんな女性だったのかということが分からないことに、不安があったのも事実である。
――俺の知らない過去を持っている女性――
その思いは、俊一郎の中でみるみるうちに若菜への思いが膨れ上がってくることを暗示させた。
子供の頃にやはり同じような思いを感じたことがあったが、それは一人の女の子が転校性として小学校にやってきたことだった。
最初は皆珍しがって、彼女にいろいろ話しかけてくる。俊一郎は、そんな時、わざと彼女に興味などないような素振りを見せる。自分までそこで集団に入ってしまえば、その他大勢の中に入りこみ、二度と特別な目で見られることはなかったからだ。
子供の頃は、特別な目で見られることを望んだ。過去を知らない人が現れると、特にそう感じたのだ。相手も同じように思ってくれるのを望んでいる。きっと、こちらが望めば、相手も同じように感じるに違いない。
まわりのほとぼりは、いずれ冷めるものだ。しかも、一気に冷めてしまう。それまでちやほやされていたその人は、きっと寂しい思いを抱いているに違いない。
ただ、皆が離れてから急に近づくと、あまりにも露骨に思われるようだ。そのせいもあってか、俊一郎はその女の子が自分の視線に気付くまで、声を掛けようとは思わなかったのだ。
彼女の視線が気になるようになると、俊一郎は、わざとソワソワしたような態度を取った。相手から声を掛けさせようという作戦だったのだが、それはうまくいかなかった。やはり自分から声を掛けなければ、相手は動かない。お互いに意地を張っていては先に進まない。そんな時は男から折れるのが本当なのだと、俊一郎は初めて気づいたのだった。
子供の頃から、女の子とのコミュニケーションは、シュミレーションだと思っていた。まるでテレビゲームをしているような感覚で、相手と自分との駆け引きが命のように思っていた。
――冷めた考えなのかな?
と思っていたほどで、今から思えば、ませた子供だったのだろう。
そのくせ大学時代の風俗初体験の時は、おどおどした態度を見せていた。ただ、今から思えば、それも計算ずくだったのではないかさえ思う。
――オドオドしていれば、相手の女の子が喜んでくれる――
という思いが最初だけではあるが、あったのかも知れない。
「私、キャバクラでアルバイトをしていたのがバレて、就職が決まっていたんですけど、内定を取り消されたことがあったんです。一番最初に人生の悲哀を感じたのはその時だったかな?」
若菜が話してくれた。
「それで、キャバクラでアルバイトをしていたことに後悔したのかい?」
「いいえ、全然。私は、キャバクラに対して偏見を持っているその会社が大したことのない会社なんだって思っただけですよ」
この質問は愚問だったようだ。若菜の考え方は、俊一郎に近いものがあった。
「そうだね。そんな会社、こっちから願い下げって感じだね」
声に抑揚があることで、興奮気味に話をしている自分に気が付いたが、それは若菜が自分と合うかも知れないという思いがあったからだ。果たして若菜がそこまで感じてくれているかどうか分からないが、俊一郎にとって若菜と知り合えたのは、プラスにしか働かないように思えてならなかった。
「それから、今まで勤めていた会社に就職したんだね?」