こころのこえ 探偵奇談13
こわい家
部活を終えるともう暗い。そろそろ雪が降ると言われる冬の夜空は、重い雲に覆われているようだった。郁は自転車を止めて自宅の玄関を開ける。お腹がすいた。温かいシチューが食べたい、そんな期待をこめて家に入った。
「ただいまー」
玄関で、母と女性が向かい合っていた。
「ああ、郁ちゃん、おかえりなさい」
「あ、菊川さん。こんばんは」
近所の主婦だった。じゃあまた、と彼女は母に声を掛けると軽く会釈をして出て行った。
「菊川の奥さん、なにか用だったの?」
郁はリビングのソファに腰を下ろし母を見た。菊川友代(ともよ)は、まだ三十代前半で、かわいらしい女性なのだが、今日は少しやつれているように見えた。母とは職場も同じで、年は離れているけれど仲がいいらしかった。
「お引っ越しを考えてるんですって」
引っ越し?母はコンロの鍋を温めながら、なんだか疲れたように言うのだった。
「あそこってこないだ引っ越してきたばっかりだよね?今度は旦那さんの転勤か何か?」
菊川一家が越してきたのは夏の終わりのことだったと思う。つい最近ではないか。
「なんか、ちょっといろいろあるみたいね」
母が言葉を濁すので余計に気になる。まだ小さい菊川家の一人娘の笑顔が頭をよぎった。時折道で出会うかわいらしい女の子。まだ小学校一年生だったと思うが。
「いろいろって…?」
作品名:こころのこえ 探偵奇談13 作家名:ひなた眞白