こころのこえ 探偵奇談13
ひっくひっくと郁がしゃくりあげるたびに、瑞の耳元に落ちている郁の髪がさらさらと揺れる。伸びた髪を彼女は夏からずっと切らずにいる。
「……」
青葉とのやりとりを思い出す。郁がずいぶん大人っぽく綺麗になったことを話した。恋をすると綺麗になるのだと青葉は言っていた。瑞にはその変化に、いまも戸惑っている。
郁はこれからもっと綺麗になっていくのだろうか。そうなったらもう、瑞に屈託なく笑いかけてくれることもなくなるのだろうか。反射的に、彼女を抱きしめる腕に力がこもっていく。
何だろう、不思議な感覚だ。郁がどんどん綺麗になっていくことに、どうしてこんなに焦るのだろう。
もしも彼女が、好きなひとを振り向かせるくらい綺麗になってしまったら?
そんなことを考えているうちに、郁が徐々に落ち着きを取り戻してきた。腕の力を緩めると、彼女は立ち上がって小さな声で囁いた。
「…ごめんなさい」
そう言って身体を離し、じりじりと瑞から距離をとる郁。両手で顔を隠して、その表情は見えない。
「一之瀬の」
どうしてこの状況下でこんなことを聴いてしまったのか、後から考えても瑞はどうしても理解できない。
「好きなやつって誰?」
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作品名:こころのこえ 探偵奇談13 作家名:ひなた眞白