こころのこえ 探偵奇談13
「あの夜のこと、ありがとな」
周りで八つ橋をつまむ級友らに聞こえない声で、瑞が唐突に言った。
「え?」
「神隠しのときの。颯馬(そうま)に聞いたんだ、ずいぶん心配してくれてたって」
「ああ、うん…それで、何があったの?」
瑞は頭をかきながら笑った。
「ごめん、それが…あんまり思い出せないんだ」
「そう…」
へとへとになったことだけは覚えてるんだけど、と瑞は苦笑して続ける。
「でも、なんだろう、もう大丈夫。大丈夫に、なった」
「大丈夫って?」
「うん。抱えていたいろんなことが、軽くなったっていうか…やっと、許されたような感じがするんだ」
許された…。
そう呟く横顔は、穏やかだった。郁は颯馬の言葉を思い出す。瑞は特別な存在だと。彼を取り巻く不可思議な運命、それがもしかしたら、ほんのすこしだけ優しいものに変わったのだろうか。そう思えるような、静かで優しい表情だった。
「…もう、どこにも行かない?いきなりいなくなったり、しない?」
殆ど自分でも意識しないまま、そんな言葉が出た。不安だったのだ。あの夜、颯馬と一緒に夜の校舎を駆けまわり、消えた二人を探したとき。大好きな人と大切な先輩が、もしかしたらもう帰ってこないのかもしれない。あんな思いはもうしたくない。瑞がどんな存在でも、構わない。でも、神様に連れていかれてしまうようなことは、もう二度と嫌だ。
「うん、どこにも行かない。もう大丈夫」
作品名:こころのこえ 探偵奇談13 作家名:ひなた眞白