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 美沙は逆に理想を追いかけるような女だった。
 その理想は、敏夫の中にある考え方をはるかに超越しているところがあった。夢と現実が交錯する中、迷わず夢を追いかけている。
 ただ、その中で道を踏み外すようなことはしない。
――道とは何か?
 それは、一般的に言われるような、
「人の道に外れるようなこと」
 といった漠然としたものではない。
「少なくとも人に迷惑を掛けなければ、道を踏み外したことにならない」
 という人もいれば、もっと現実的に、
「法を犯したり、倫理に反したりしなければいい」
 という人もいるだろう。
 だが、美沙の場合は、そんな漠然としたものではなく、
「自分の考えた理想から、外れなければいい」
 ということを、敏夫は考えていた。その一番の理由は、
――美沙が自分の考えた理想から外れるところを想像することができないからだ――
 という気持ちが強いからだ。
 想像だけの世界で、「道を説く」というのは、危険な発想なのかも知れないが、敏夫と美沙の間ではそれでよかったのだ。
 そのまま二人は愛し合った。美沙のそんな姿を見て、敏夫は美沙に対して目がくらんだのかも知れない。
 美沙を知るまでは、本当は朝子を愛していたはずだった。美沙を目の前にして、美沙を知り、美沙を愛してしまった敏夫には、もう朝子を見る心の余裕などなかったのである。
――心の余裕など、いらない――
 美沙を愛している時の敏夫の気持ちには、「遊びの部分」などまったくなかった。大げさな言い方をすれば、
――全身全霊を傾けて、美沙を愛していた――
 ということができるだろう。
 だが、その時、朝子はどうだったのだろう?
 妹に愛する男を取られて、黙って見ていたのだろうか?
 朝子にも、
――好きになった人を殺したくなる――
 という気持ちがあったはずだ。
 それよりも愛してしまった美沙から、
――好きになった人を殺したくなる――
 という言葉を聞かされて、驚いてしまった。
 まるで金縛りに遭ったかのように身動きが取れなくなり、
――こんな女を愛してしまったんだ――
 と感じたが、後の祭りだった。
 だが、裏を返せば、それだけ自分を愛してくれているということ、その時の敏夫は、それ以上のことを考えないようにしようと思った。
 その時の敏夫には、裏表がなかった。いつもは裏表を持っていて、何かあれば、裏の自分が表に出てきて、危険なことからは逃れることができた。そして、
――これが俺の生き方なんだ――
 と思うようになっていた。
 自分の生き方に裏表があるということを知ったのは、美沙と付き合っていて、
――恐ろしい女だ――
 と思ったこの時だった。
 この時は、逃れることのできない自分の運命というものを初めて恐ろしいと感じた。逃げようとしても逃げ道が見えなかったからだ。いつもは、先の先くらいまでは見えていると思っていた目の前の道が、急に見えなくなったのだ。
――分岐点も見えていたような気がする――
 分岐点のどちらに行けばいいかというのも、すぐに分かった。キチンと矢印がついていたからだ。もし、今目の前が開けたその瞬間、分岐点が見えたとしても、そこには矢印などついていないに違いない。もしついていたとしても、矢印通りに進むだけの度胸は、その時の敏夫にはなかったのだ。
――どうして、美沙のことがこんなに恐ろしいのだろう?
 と、考えるようになった。
 その答えがある程度見えてきた時、美沙は自分の前から消えていた。
 美沙の恐ろしさは、真実が美沙の中になかったからだ。
――あるのに、見えないだけなのかも知れない――
 と思うようになって、少し美沙に対しての恐ろしさが溶けてきたように思えた。
――真実のない人間なんて、いやしないんだ――
 と、敏夫は思っている。
 美沙の中にある真実には、事実が含まれていないような気がしてならない。だから、敏夫には美沙の中にある真実が見つからなかったのだ。
 真実を見つけることのできない人間と一緒にいることほど恐ろしいことはない。しかも美沙自身も自分の真実に気付いていなかったのだ。
 それは当然かも知れない。
――美沙自身が真実――
 この思いを敏夫は、今ならハッキリと知ることができる。
 朝子も美沙ほどハッキリとしていないが、美沙のようなところがあった。
 敏夫が最初に朝子に惹かれたのはそこだったはずだ。朝子にも自分の真実を分かりかねているところがあった。美沙と違って、現実的なところのある朝子は、自分の真実という考えを持っていながら、先にどうしても事実から真実を見てしまおうとする性格であった。そのことから、朝子の横にいる美沙が眩しすぎて、自分を見失ってしまうほどになったとしても無理もないことだったのかも知れない。
「私、男性とまともに付き合ったこと、なかった気がするわ」
 と、知り合ってすぐの頃、美沙が言っていた。付き合い始めだったので、まさか、自分の想像をはるかに超えるほどの真実を持った女性だとは思いもしなかったことで、最初は信じられなかったが、付き合ってみるとよく分かった。
――俺もよく、自分の真実を取り戻せたものだ――
 美沙と一緒にいると、自分の真実を見失うだけならいいが、どこかに置き忘れてしまいかねない。それがなかっただけでもよかったのだろう。最後はたぶん悲惨な結末だったはずだ。
「美沙はこの世にもういない」
 と言われたとしても、ショックはあるが、信じられないとは思わない。
 むしろ、自分の前から消えてしまった美沙は、すでに自分の中では、
――この世の人ではない――
 と思えてならないくらいだった。
 美沙がこの世の人ではないと感じた時、敏夫には、真美の本当の父親も、すでにこの世にいないのではないかと思えてきた。
――美沙に殺された?
 真美が一人ぼっちでどうしていいか分からないと思っている時、直感だったのだが、
――この娘は本当に孤独なんだな――
 と感じた。
 それは父親も母親も知らずに育ったという過去を聞いた時、なるほどと感じたことで、すぐに、孤独の理由が分かったような気がして、それ以上深く考えることはなかったのだった。
 だが、真美を抱いているうちに、真美の中にどうしても入り込めないところがあるのを感じ、真美を愛してしまったことを、後悔したくらいだった。それは恐怖と不安を感じたことで、真美と出会ってしまったことさえ公開に値すると思ったからだ。
 ただ、美沙が本当に真美の父親を殺したのかどうか、疑問も残っていた。そこに朝子が介入していないかどうか、それが気になったからだ。
 朝子が真美の「生みの親」として、真美を育てていることが、敏夫にはどうしても合点がいかないことだった。確かに美沙が死んだのだとすれば、朝子が真美を引き取ったとしても、そこに疑問は感じられない。
 それを、真美に対して、
――どうして、真美に対して自分が生みの親にならなければいけないんだ?
 と考えると、真美に対してなのか、美沙に対してなのか、あるいは、真美の父親に対してなのか、誰かに対して、一生掛かっても償いきれないと思えるほどの何かが、そこに存在しているのではないかと、敏夫には思えた。
作品名:年齢操作 作家名:森本晃次