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 美沙と、朝子と、真美の父親の間に、他の人の知らない一つの共有した真実があるのではないだろうか。その真実は当事者、あるいは、何も知らないであろう真美に対して絶対的な事実であり、覆すことのできないものであり、そこまで分かってくると、自分の今の心境を顧みるに至った……。

                   ◇

 真美は、自分の本当の母親が死んだのを悟っていた。そして、生みの母親と名乗る女性が、本当の母親でないことも分かっていた。
 そして、生みの母親である美沙と、生みの母親と名乗る朝子との間で、実の父親がどのような関係にあったのか、詳しいことは分からないが、三角関係のようなものがあり、結局、父親はもうこの世の人ではない。
 自分にも好きな人を殺してしまいたいという気持ちがあることから、信憑性は深いことだろう。
 そして、生みの母親ではなく、朝子が自分の母親として今存在しているということは、実の母親もこの世の人ではないということにも信憑性を感じる。
 ただ、美沙の死に対して、朝子が手を下したのだという信憑性はほとんどない。信じられないと言った方が正しいだろう。その思いは敏夫も同じで、朝子と美沙、もしお互いに相容れないところがあったとしても、助け合うことはあっても、どちらかがどちらかを殺めるなど、ありえない。
 そして、敏夫は、そんな朝子も、美沙もどちらとも愛し合った経験を持っている。真美が美沙の子供であるということも、敏夫なら分かるのだ。
 最初は真美が美沙の子供であるという確証はないまま、真美の境遇の気の毒さに心打たれ、気が付けば、真美を抱いてしまっていた。抱いてしまったことで、真美が美沙の子供であるという確証を抱くことになったのだが、真美の心境はどうであっただろう?
 敏夫はそんな環境の中で育った真美に同情した。同情するということは、真美が自分の娘ではないという証拠だと思った。
――美沙はもし、あのまま俺と結婚していれば、どうなっただろう?
 ここまで不幸になっていなかったかも知れないと思ったが、
――いや、これは美沙を含めた、美沙に関わった人間皆の運命だったのかも知れない――
 と感じた。
 美沙にはそれだけの影響力があった。もっとも、そこに朝子という姉の存在が大きかったのも事実である。
 もっと言えば、団地の中で、軍人と浮気をしていた母親の影響も大きかったのではないかと思う。最初にそのことを美沙から聞かされて、その時も美沙に同情した。ひょっとすると、その時の同情という気持ちが、敏夫が美沙と結婚できなかった一番の理由だったのかも知れない。そして、この同情という心境が、敏夫と朝子の関係も誘発したと考えるのは、突飛過ぎるだろうか?
 いや、ここまで考えてきていて、今さら突飛な発想などありはしない。すべて、一つ一つ明らかになっていく事実を、一本の線で結ぼうという暴挙を敏夫は考えていた。
 敏夫は真美に対しての同情から、すべてを悟ったようなものだった。そして、真美を抱いてしまったことで、過去の過ちを思い出した。美沙だけではかく、朝子を抱いてしまったことは、明らかに敏夫の過ちだったに違いない。それを思うと、敏夫は頭の中だけが過去に戻って若返り、若返った「反動」が、次第に身体を蝕んでいくのを感じていた。
 敏夫は、考えれば考えるほど、年を取っていった。
 気が付けば五十歳になっている。
 五十歳になった敏夫は初めてその時、十年という年月をこの間気にして考えていたことを思い出した。
 十年という年月はすべてが平行線である。交わることのない平行線を描きながら、一気に十年を飛び越えた。
 しかし、飛び越えた十年は平行線を描いてはいたが、本当に交わることのないものなのだろうか。
 一気に飛び越えた十年。それは、敏夫を死の世界に誘う十年でもあった、
 今の五十歳という年齢から二十歳の頃の、美沙と朝子を思い出す。あの頃の団地の風景、あるいは、世界というのは、ちょうど、三十年前のものではないだろうか。敏夫は十年一気に年を取ったことで、現実の自分に追いついたのだ。
 その時に初めて、
――交わることのない平行線が交わった――
 と感じたその時、敏夫はこの世での自分の運命が終わった。
――真美の本当の父親も、同じようにこうやって死んでいったんだ――
 と考えると、交わることのないはずの
――真美の父親――
 との接点が、交わってしまったのだ。
 誰から殺されたわけでもなく、病気で死ぬわけでもない。この世に確かに存在したはずの人間が、密かに運命を終えることになる。その時に、誰からも看取られることもなく、死んでいくのだろうか?
 いや、
――本当に好きな人を殺したくなる――
 という因果な性格を持った二人の女性と、そして、その娘。彼女たちの、
――殺してはいけない――
 という反動の気持ちを叶えた二人の男性のこの世と次の世での交わり、この世には、二人の女性がいて、次の世には、一人女性がいる。もう一人、男性がこの世には存在していることだろう。
 それがまだ四十代の敏夫。
 そう思うと、次の世に旅立つことも、怖くない気がしたのだった。
――年齢操作――
 平行線を交わるようにするために必要な技。そこに存在している男性は、敏夫以外の誰者でもなかった……。

                 (  完  )



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作品名:年齢操作 作家名:森本晃次