小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

年齢操作

INDEX|26ページ/40ページ|

次のページ前のページ
 

 後者は、あまりにも高度であり、真美にそんなことができるはずもなく、できるとすれば前者であった。それでも今までまわりを意識したことがないくせに、まわりに寄ってくる人を鬱陶しいとも思わず、なるべく意識しないように見ていたつもりなのに、結局、まわりを自ら遠ざけるようにするか、自分から遠ざかるしかないと思った。真美が選んだのは、自分から遠ざかることだった。
 ただ、一見簡単そうに見えるが、こちらの方が難しかった。それはまわりから遠ざかることを、まわりになるべく悟られないようにしなければ意味がないということである。それだけ自分の気配を消すことが必要だし、やってみて初めて分かったというのも皮肉なことだった。
 真美は、それができる女の子だった。いや、真美にとって、唯一できることであり、そして、真美にしかできないことでもあった。真美はまわりを遠ざけることで、初めて彼を意識することができるようになったのだ。
「付き合ってください」
 まわりに人の意識を感じなくなると、自分でも信じられないような言葉を吐くことができた。
 彼は真美の視線にまったく気が付いていなかったらしく、相当驚いていたが、すぐに快く交際を承知してくれた。ただ、彼が自分の視線に気付いていなかったというのは、本当にそうなのかということをずっと考えていた。
――照れ隠しにそう言っているだけのことよ――
 と自分に言い聞かせていたが、彼の心の中を覗くことはできなかった。彼の気持ちを垣間見ることはそう簡単なことではなく、彼もまた、自分の気持ちを内に籠める性格の男性だったようだ。
 男性の中にも内に籠める性格の人はいるとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。元々彼を意識したのは、彼が真美を見つめる視線に気付いたからだ。まったく真美の視線に気付かないなど、ありえることではなかったのだ。
 真美にとって、彼の存在は次第に大きくなってくる。ここまでくれば、まわりを遠ざけようとしなくても、まわりの方が去っていくのではないかと思えるほどのオーラを自分で放っていることを感じることができた。
――一体私はどうなってしまったのだろう?
 男性をそばに感じると、まるで包み込まれるような感覚になると聞いたことがあったが、そんな気持ちにはならなかった。逆に自分が相手を包み込んでいるかのようで、不思議な気持ちだった。だが、その気持ちよさに酔いしれてしまっている自分にも気付いていたのだ。
――満たされている感じがするわ。これが癒しというのかしら?
 と、真美は感じた。
 だが、それと同時に真美は今と同じ感覚をずっと昔に感じた。それは全身で感じた感覚だった。
 暖かい液体にくるまれて、暖かさの中で身を委ねていると、プカプカと水面に浮いてきたかと思いと、また沈んでいく。絶えず何かに包まれていて、狭い空間いっぱいに広がっているのを感じるが、それ以上狭くても困るが、それ以上広いその場所を想像することができない。
 すなわち、この場所の大きさは、決まっているということだった。
 そして、その感覚はそれ以上時間が経って感じることのできないものであり、いずれ表に出ることが約束されている。もっと言えば、表に出るためのエネルギーを蓄える場所であって、表に出たら、二度と思い出すことのできないところであることを、飛び出す前に感じる。
――嫌だ、もっといたい――
 心の中で叫んで、抵抗を試みる。だが、抵抗虚しく表に出てくると、すっかり中のことは忘れてしまっているのだ。
 実に近い距離でありながら、覚えていることすら許されない。それだけ世界がまったく違うものなのだ。
――母体と表の世界――
 それは、夢と現実の世界の違いのようではないか。
 真美はそれを異次元の世界のように思っている。母体と表の世界も、実は異次元のトンネルのようなものが存在しているのかも知れない。
「へその緒」
 真美は時々口走って、
「えっ、何だい、それ?」
 と、彼から言われて、ドキッとしてしまうことがあった。どうやら、今までにも時々口にしていたようだが、まわりに人がいなかったり、人がいてもまわりからの感情を受け付けようとしない人たちばかりなので、無意識に口走ったことを意識することはない。彼と付き合うことは、初めて人間らしい生活を送ることができるようになったという位置づけを自分の中に植え付けていた。
 真美は、彼の前では従順だった。
 なるべく、他の女の子と変わりがないという意識を彼に植え付ける必要があった。それは今まで培ってきた自分の考えを覆すもので、容易に貫徹できるものではない。それを分かっていて敢えて付き合おうというのだから、彼と一緒にいることで初めて感じたこと、そして学んだことが多いのを示していた。
 真美は、彼とのことを、もっとまわりにアピールしたいと思った。彼の方は、
「そんなことはどっちでもいいんだ」
 と言っていたが、どうやら、その頃から、真美に対して冷めかけていたことに、真美は気付くはずもなかった。
 今までで一番無防備で、まわりのことを意識していない。完全に自分をまわりに晒すことに慣れてしまった真美は、
――これが本当の私だったのかしら?
 とまで感じるようになっていた。
 それは間違いではないのかも知れない。だが、それを間違いではないと決め詰めてしまうと、真美が二重人格であるということを、自らで認めてしまうことになるだろう。
 二重人格について真美は悪いことだとは思っていなかったが、それはまさか自分に起こることではないと思っていたし、二重人格のそれぞれの人格は、決して正反対のものであってはいけないと思っていた。しかも正反対であり、対照的な性格が同居していることに疑問を感じた。
――正反対と対照的は違うんだ――
 正反対というのは、一方から一方を見てまったく違っていれば、その時点で正反対、対照的というのは、左右対称という意味で、鏡を当てればまったく同じものであるというものをイメージしていた。
 つまり正反対は一方通行であり、対照的なものは、一度相手に映ったものをもう一度相手が映すと、元に戻るようなもののことをいうのだった。
 そこまで感じているのに、どうして同居などありえるというのだろう? 真美は、自分の感覚がおかしくなったのではないかと感じたのだ。
 真美は、好きになった男性には従順だった。元々人に逆らうことを知らない性格だと思っていたので、子供の頃などは、うまくおだてられて利用されていることも多かった。本人は分かっていたが、
「皆が喜んでくれるんだから、それでいいんだわ」
 と思っていたのだ。
 そのことが父親のいないことから来ているという意識はなかった。だが、後から考えれば、父親に甘えたい時期に父親はいなかった。甘え下手であることは、彼氏ができてからすぐに分かったのだが、甘えることができないのは、いつも何かに怯えている自分がいるからだということに気付いてはいなかった。
 何かに怯えている気持ちは子供の頃からあったが、漠然としたものだった。甘えるという言葉すら、知ってはいたが、自分にはまったく関係のないことだと思っていた。きっと怯えの気持ちが他の感覚をマヒさせてしまったからであろう。
作品名:年齢操作 作家名:森本晃次