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 真美の技法には、父親像だけではなく、同じような技法が随所に使われている。だから読んでいる人が本当の真美の年齢を知らなければ、
「まさか、こんな若いのに、まるで経験してきたように描けるはずなどないだろう」
 と思うに違いない。
 それは年齢ということだけではなく、女性という意味でも同じだった。真美の小説は、男の立場からも上手に書かれている。男女の立場を微妙に描いていて、男女による共作ではないかと思わせるほどだった。
 そんな技法のできる作家は、今まで二見たことがない。
 ひょっとすると、プロの作家のように自分の技法がしっかりとできている人には必要のないことなのかも知れないと思うと、これが、真美のこれからの個性として出来上がっていくものなのだと思うようになった。
――俺にも同じようなものが備わっているのかな?
 人のことはよく分かるのだが、自分のこととなると、なかなか分かるものではない。自分にも何か個性があるとは思っている。真美のように自分に分からない何か、つまりは、精神的に気にかかっていることを小説にぶつけているのではないかと思うと、自分にどんな気がかりがあるのか分からないが、自分の小説も自分では分からないところで、人からいい評価を受けているのかも知れないという自惚れも生まれてくる。
 自惚れも、上達するためには、少しは必要だと思っている。敏夫には、自分が見てきたことや、経験したことのあるものしか、まともに描けないという意識が頭の中にある。そのくせノンフィクションは嫌で、自分で創造するフィクションしか書きたくないと思っている。それでも書こうと思うのなら、自惚れるしかないのではないかと思うようになっていた。
 真美が父親がいないことで、父親に対してのイメージを持つには、誰かを題材にしなければいけないだろう。
「私は最初、父親を題材にして小説を書こうなどという大それたことを考えたことはないんですよ」
 と言っていた。
 大それたことなのかどうかは、敏夫には分からなかったが、見たり聞いたり経験したりしていないものを書けない気持ちはよく分かる。
 小説を書けない人間に限って、
「そんなの適当に思い浮かべて書けばいいじゃない。フィクションを書けるだけの文才があるんだから、想像力もそれ相応についているんでしょう?」
 と言ってくるが、
「そんなものじゃないんだ。いくらフィクションと言っても、基本は自分の中にある潜在意識が表に現れてこないと、文章にすることはできないんだ」
 と答えている。潜在意識の定義を、敏夫は夢との境界線に置いている。
 フィクションを書こうとすると、いくら想像してみても、経験していないことを文章にすることは難しい。最初に小説を書くことの難しさを感じたのはそこだった。
 文章作法に関しての難しさとは別に、ストーリー展開を考えている時の難しさは、
――いかに、独創性を出し、他の人が描き、書き古された内容にならないかということ――
 要するに、人と同じ発想をしたとしても、独創性を持たせるには、自分の経験をいかに織り交ぜるかがコツである。
 人それぞれに個性が違うのだから、経験も同じ経験をしたとしても、目線が違うのだから、人の数だけ独創性がある。自分の経験を織り交ぜることは、経験したことだから書けるという自信と、独創性という意味でも必要なことだ。そういう意味では、経験を書くことは、フィクションにとって一石二鳥のことである。
 敏夫は、自分に子供がいなかったことを、この間まで、
――気が楽だ――
 と思っていた。
 離婚の時に、親権についてのことや、養育費などで揉めることは多々あると聞いている。それに今まで子供がそばにいるものだと思っていたのに、急にいなくなった時の寂しさは、女房と別れることの数倍も寂しいことであろう。
 何と言っても血が繋がった子供なのだ。奥さんはしょせんは他人である。子供のいない敏夫には分からないが、人の話を総合すると、子供と離れる辛さはかなりのものだという。
 もし子供がいたとして、自分が引き取って育てる自信があるだろうか。きっとまわりの人は、
「子供はお母さんのそばがいいに決まっている」
 と言って、敏夫を説得しようとするに違いない。
 別れる時の寂しさを知らない敏夫にとって、子供と別れさせられることの辛さは、離婚の時にピンとくるものではないだろう。
――今後、新しい人生を歩む時、子供がいると邪魔だ――
 とまで思っていたかも知れない。
 他の女性と付き合おうと思っているのに、子供がネックになってしまうということは、よく聞く話であった。
――子供が最初からいないのだから、寂しさなど感じるはずはない――
 と、ずっと思ってきたのだ。
 それが、寂しさを感じるようになったきっかけは何だったのだろう?
 そういえば、中学時代に、異性に興味を抱くようになった時もそうだった。確かに徐々に女性を意識するようになっていったのだが、最初のきっかけは突然だったはずだ。何を思って、根拠のようなものがあったのかどうか、敏夫には思い出すことはできなかった。
 あれは三年前くらいだっただろうか。急に子供がいないことの寂しさを感じた。根拠や理由は分からなかったが、その時のシチュエーションは覚えている。
 あの日は、少し体調が悪く、熱っぽいと思い、だるい身体を引きずるようにして、何とか会社から家に帰った時のことだった。
 途中のスーパーで惣菜を買い込み、その頃には。半分這っているかのような感覚で歩いていた。スーパーで惣菜を買うのはいつものことで、
――侘しい食生活だな――
 と、いつもながらに感じていたにも関わらず、その時は、侘しいと感じながらも、別に情けなさを感じることはなかった。
 家までは距離を感じたが、角を曲がって、部屋が見えてくると、そこから俄然力が湧いてきて、どうやって部屋に入ったのか覚えていないほど、気合が入っていたのかも知れない。
 扉を開けて、中に入る。その時に足元から冷たい空気が流れ出てくる。いつもと同じなのに、その時は、一気に寂しさを感じた。いつも寂しさを感じていないわけではないが、帰り着いてホッとした気分になることで、寂しさがほとんどなくなってしまっていた。だが、その日は安心感があったわけではなく、そのせいで足元から流れ出る冷気が、まともに敏夫を襲うのだった。
 敏夫は、冷気が足元からだけしか来ないのに、身体全体に寒気を感じた。
――ここまで熱っぽいなんて――
 部屋に入るとソファーに倒れこんだ。
 もし、冷気が足元から襲ってくるものでなかったらどうだろう? 足元から襲ってくるのを感じたことで、部屋の中の寒さを一層感じてしまったように思う。
 部屋の中に入ると、耳の鼓膜が刺激された。それは部屋の中が真空だったのではないかと思わせるほどのもので、扉を開けることで、生気のなかった部屋の中に、新たな風を送り込んだ。
――じゃあ、あの冷気は何なんだ?
 一旦、入り込んだ生気が、真空の中で凍ってしまい、今度は表に吐き出されたのではないかと敏夫は感じた。体調が悪く、ものを考えることなどできないと思っていた自分が、これほど頭を回転させているというのは、すごいことだと感じていた。
作品名:年齢操作 作家名:森本晃次