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 ミステリーを考えようと思っている敏夫と、歴史小説に興味を持っていて、フィクションの歴史小説を書いているかと思えば、現代小説での恋愛モノを書いてみたりする真美の頭はどのようになっているのかと、敏夫は考えていた。
 人それぞれに得意ジャンルがあるのだろうが、プロの中には、まったく違うジャンルでそれぞれに高い評価を受けている人もいるが、素人作家でまったく違ったジャンルを書こうとするのは、結構難しいことだろう。少なくとも敏夫にはできないと思った。
 敏夫は小説を書く時、まるで夢を見ている気持ちになって書いていた。自分はあくまで傍観者、感情は主人公に移入しているのである。大きな目でストーリーを見ながら、感情は主人公にある、だが、主人公から感情が離れて、対面している相手から見ることもある。その時、主人公が何を考えているか分からなくなり、ここで、章を区切ったりしたものだ。流れるように書いている中に、起承転結を入れるのは難しいものだ。

                   ◇

 真美が小説を書くようになったきっかけを聞いた時、初めて真美に父親がいないのを聞いた。
「お父さんがいなくて、最初は寂しかったんだけど、小説を書くようになって、寂しさがなくなってきたの。寂しさを紛らわすために小説を書き始めたわけではないんだけど、小説を書くことで寂しさが紛れるなんて、思ってもみなかったわ」
 その話を聞いて、敏夫は真美の本当の寂しさは表に出てきていないところにあるのを感じた。敏夫が真美に興味を持ったのは、そこだったのだ。
 寂しさを表に出さないようにしている人は、寂しさに敏感な人にとって、この上なくいとおしく感じるものだ。敏夫にとって真美はこの上なくいとおしい相手として目に映ったのだ。
 寂しさが甘えに変わるのであれば、真美に甘えてほしかった。甘え下手に見えたが、それは他の人に対してであって、自分に対して甘えてくれるなら、それだけで敏夫は真美がまるで自分の娘のようだと思えるだろう。真美は敏夫に対してそれほど甘えを見せていないように見えたが、甘えの裏返しが照れ臭さであると分かると、敏夫は、なるべく真美に話しかけるようにした。
 敏夫は、他の人から鬱陶しいと思われるほどうんちくを傾けるところがあった。自慢したいという自己満足を満たしたいという気持ちがあるからで、最近ではあまり言わなくなったが、却って今くらいの年齢になった方がうんちくも本格的になり、説得力があるに違いないのは皮肉なことだった。
 真美に対しては、うんちくを傾けることが多かった。ただ、それは子供に対して親が自慢したいというようなイメージで、自然と出てくるものだった。
――お前のお父さんは、偉いんだぞ。だから自信を持っていいんだ――
 自分に子供がいれば、一度は絶対に考えることであろう。特に相手が娘であればなおのこと、敏夫は真美に対して娘であるというイメージが強いことを再認識したのだった。子供への自慢が自然であれば、無意識であったことも疑う余地のないことだったに違いない。
 そういえば、昔付き合っていた美沙は、父親に対して憧れのようなものを抱いていた。もっとも憧れと言っても、自分の父親に対してではない。誰か架空の人物を父親として創造し、その人に憧れていたのだ。
「まるでシルエットみたいで、その人の顔は思い浮かばないんですけどね」
 と話していた。
「どうして自分の父親ではないの?」
 と聞くと、露骨に嫌な顔をした美沙だったが、その顔を見ると、敏夫はそれ以上何も言えなくなった。完全に自分が睨まれていて、二度とそのことを口にしてはいけない雰囲気に包まれたのだった。
 美沙が憧れた父親像は、敏夫に似ていた。美沙と付き合い始めた頃、
「まるでお父さんみたい」
 と言って、笑っていたのを最近思い出した。夢で見たことで思い出したのだが、若い頃に、
「お父さんみたい」
 と言われても、ピンと来るはずもない。今でも子供を持ったことがない敏夫なので、実感として湧いては来ないが、ピンとくるくらいまでにはなっている。
 真美を見ていて、娘のように感じるのは、美沙から言われた言葉を思い出したからなのかも知れない。美沙にとっての父親像が、今から思えば少し歪んでいたように思うのは、初めて美沙の父親と会った時、
――本当の親子なのか?
 と思うほど、雰囲気も性格もまったく似ていないように思えてならなかったのだ。
 敏夫も自分の父親と自分を比較して、本当に親子なのかということを気にした時期があった。それは自分に限らず、誰にでも一度は感じるものだと思っている。それを証明してくれたのが美沙であり、ただ、美沙は自分の父親が本当の父親ではないということを、ずっと思い続けていたようだった。
 敏夫の場合は一過性の感覚で、
――父親に違いない――
 と、すぐに感じたので、一過性であるがゆえに、父親を疑った時期というのは、誰もが通る道として、意識することなくただ通りすぎて行ったものとして、思い出すこともなかったのだ。
 ただ、美沙の場合は、一過性ではないと最初から感じていたようで、考えている間、次第に感覚がマヒしてきたのは否めないが、感覚がマヒしてしまったせいもあってか、慢性化してしまったようだ。
 考えることが慢性化するというのは、意外とあるもので、
――気が付いたら、いつもと同じことを考えていた――
 などという感覚に陥った時、それが慢性化した考え方なのではないかと、感じるのだった。
 美沙の憧れる父親像を自分に抱いていることを知った敏夫は、くすぐったいような気がした。彼氏としてよりも、父親のようなイメージで見られていることで、新鮮な気持ちになったが、男女の関係になってしまうことを懸念する自分もいた。そのせいもあってか、美沙に対して、女性として見る目が、若干衰えていたように思えたが、ある日美沙から言い寄られた時にはビックリした。
「私に女としての魅力を感じてくれないの?」
 それまで見たこともないような妖艶な雰囲気を美沙に感じた。どうやら、酔っていたようだ。酔いに任せなければ、自分も男と女の関係になることができないとでも思ったのか、美沙の中にあるそれまでの苦悩を垣間見ているようだった。
 最初は、さすがにうろたえてしまった。
 美沙に対しての気持ちと、美沙が自分に対して抱いている気持ちとに差があるような気がしているのと、それよりも、美沙の中での気持ちの葛藤を考えると、美沙の態度にそのまま身を委ねてしまうことへの後悔が、後になって起こってくるのではないかと思うと、どうしても本能に委ねることができなかった。
「女の私に恥を掻かせるの?」
 と、まで言われると、さすがに手が震えだし、衝動的に美沙を抱きしめると、後は本能に身を任せるという言い訳の元、時間が二人を次第に一つにつなげていくのだった。
 あっという間だったように感じた時間だったが、気が付けば朝になっていた。貪るような快感を初めて味わった気がした敏夫は、このまま自分が美沙の虜になってしまうのではないかと思った。しかも、それでもいいのだと自らが考えてしまうことに後悔はなく、むしろ、元々願っていたことのように思えてならないくらいだったのだ。
作品名:年齢操作 作家名:森本晃次