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表裏の結界

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 軍隊が一般市民を傷つけるということはなかったが、鎮圧に当たる警察の後ろに盾となって立ちふさがっている。暴動を起こした一般市民はおろか、警察もビクビクものだった。それが功を奏したのか、暴動はすぐに治まったが、結局、安全保障は成立してしまった。完全に強大国の属国のようになってしまった。
 表向きは、
「同盟国」
 しかし、強大国に守られているのも事実で、安全保障は平和の代名詞のようになっていた。
 しかし、強大国のこの国に対しての影響力は、軍事にとどまることはなく、経済圏という意味でも大きな影響力を示していた。
 さらに、強大国のライバルである国に対しての牽制の役を、この国は地理的な意味合いもあって担っていた。体制の違う国から見れば、どう見ても、「属国」と見られるのは明らかだった。
 ライバル国の脅威がなくなってからは、平衡していた世界のバランスが崩れ、不安定な時代に入った。明らかな敵はいなくなったのだが、水面下で暗躍している国が現れては消えるという不気味な時代に入っていた。
「やはり、我々は安全保障なくしての平和などありえないのだ」
 というのが、この国の生きる道だった。
 現在は、国家間の争いも、次なる段階に入っていた。
 もちろん、以前からのように、破壊兵器に依存している体制もあるが、今は、
「ハイテク戦争」
 と言われる時代になってきた。
 コンピュータやネットの力を利用して、いわゆる、
「サイバー攻撃」
 を、相手に与えるのだ。
 破壊兵器も、コンピュータ制御の下で作られている。それを使う前に、相手国のコンピュータに潜入することで、使用不能にしてしまうというやり方だ。使おうとしてボタンを押しても何も起こらない。誤作動を起こして、自爆してしまうかも知れない。そんな研究が水面下で進められている。今は、すべてがコンピュータとネットなくしては考えられない世界となっていた。
 この国では、長年戦争をしていない。戦争経験のある人は、もういないくらい過去の話になっていた。そういう意味では世界情勢には国民のほとんどが疎い。ニュースは見ても、実感としては湧かないのだ。
 自分に大きな危険が迫っているわけではないので、政治に対しての関心もほとんどなく、国民の知らないところで、無限と言えるほどの不正が行われているのかも知れない。ニュースでは毎日のように不正を伝えているが、それも氷山の一角だろう。
「こんな国に一体誰がしたんだ」
 と思っている人もいるだろうが、ほとんどの人は、他人事である。
 この国の基本は資本主義、自由競争が国を反映させてきた。世界的にもモデルになった国というだけあって、昔の好景気は世界でナンバーワンに君臨していた時代もあったくらいだ。
 しかし、経済が豊かになり、成長してくると、国民は自分のことしか考えなくなる。
「隣は何をする人ぞ」
 と言われる世界となり、家族であっても、干渉しない世界が出来上がってしまっていた。
 一時期ではあったが、国民は皆疑心暗鬼に駆られ、誰も信用できないという時期を迎えた。企業は軒並み利益を落とし、経済は停滞してしまった。個人が金を使うこともなくなり、貯蓄に走り出したのだ。
 それまで投資していた投資家も、ある程度の蓄えを凍結することで、完全に経済はマヒしてしまった。
 国は危機感に見舞われ、何とか国民に金を使わせることを推進したが、なかなか使わない。インフラを犠牲にしてでも、経済の活発化を推進した。
 鉄道も定期券の購入者には、普通に利用するよりも、十分の一くらいの破格の値段で売り出した。高速道路もすべて無料。実に思い切った政策を打ち出した。
 さらに土地代も破格の値段にすることで、投資家に土地を買わせようと考えた。
 それでもなかなか金を使わないようにしていた投資家だけが見るようなサイトに、
「このまま経済の停滞が続くと、いずれ預貯金も国家の支配の中に入り、個人資産が凍結されてしまう恐れがある」
 というデマまで流させるほどの深刻さだった。
 さすがに、国家から個人資産の凍結までされてしまっては、投資家としては溜まらない。「デマかも知れない」
 と思いながらも、半信半疑の中、信じるしかなかった。
 次第に土地を買う資産家が増えてきて、経済は回復してきた。
 さらに土地を買った資産家が、資産運営にと、破格の値段で買った土地にテーマパークや博物館、ショッピングセンターへの誘致にと活用し始めた。
 これが功を奏し、国民は郊外へ出かけることが増えた。インフラが安いのだから、誰もが出かけるだろう。国が経済活性化対策に休日を増やしたことも影響し、週の半分近くは、都心部に閑古鳥が鳴いていた。
 経済は完全に回復した。
「こんなに短期間に経済が回復するなんて」
 政府もビックリするほどだったが、この短期間が実は曲者だった。
 さらに時間が経つと、国民は経済がマヒしていた時代を忘れてしまったのだ。
 しかも記憶にあるのは、政府高官がニュースで口にしていた、
「こんなに短期間で経済が回復したのは奇跡としかいいようがありませんが、それもこれも国民の皆様のおかげです。ありがとう」
 という言葉だった。
 つまりは、
「また何かあっても、自分たちがいれば、簡単に回復できる」
 という楽観的な考えだけだった。
 これは実に危険である。
 苦しかった時代を忘れてしまい、記憶にあるのは、政府が国民にお礼を言ったという事実だけ、そこに危機感という感覚は皆無だったのだ。
 幸いなことに、それから経済が深刻な問題に直面することはなくなったが、年を追うごとに、国民の関心は失せてきた。政治経済に対してはすべてが他人事で、まわりの人に対して興味を示すこともなく、すべてが他人事。完全な個人主義になっていた。
 政治に対しても経済に対しても関心がない。政治家の不正はそんな時代に蔓延した。国民の血税は誰にも知られることもなく、無駄に使われ、しかもその保障に、一部の政治家や資産家に流れていた。それを誰も追及する人もいない。野党と言っても、追及しようにも、証拠を掴むことができないのだ。
 国民が少しでも政治経済に関心があれば、
「まわりの目」
 が、戒めとなって、抑止力になるはずだった。
 しかし、それがないので、不正のまわりは完全に彼らの手下で守られていて、証拠など掴めるはずもなかった。
 ただ、このままではこの国は崩壊の道をまっしぐらであった。それを何とか抑止したのが、、
「同盟国」
 の存在だった。
 同盟国という名の首長国は、政府がこの問題に介入してきた。ただ、この国の政府を通してではなく、腐敗している政治家個人に対して接触してくる。
 彼らは、自分たちが国家に雇われていることを隠し、首長国の一企業の同盟を装った。彼らの目的は不正を重ねている政治家の撲滅ではない。利用しようというのが目的だったのだ。
「不正を重ねる政治家を糾弾しても、数が多すぎてどうなるものでもない。それよりも手なずけて、しかも、彼らの儲けを吸い取ることができれば、一石二鳥だ」
 と目論んでいたのだ。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次