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表裏の結界

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 だから彼のセリフを覚えている人はたくさんいた。今でも忘れていないことだろう。しかし、なぜか彼は総裁選に出馬しなかった。ここに何かの考えがあると思っている人も少なくない。
 不気味に感じているのは、今の政府の方だった。
 最大派閥からの立候補がなかったことで、いくら予算通過のための繋ぎの内閣だと言われているとしても、後ろに控えている人物の大きさを考えると、不気味に感じないわけにはいかない。
 今回の予算通過の問題の中に、マイナンバーの問題もあった。
 もっとも、この問題は一番の問題ではなかった。あくまでも、マイナンバーを成立させたからと言って、本来の予算通過を達成させたとは言えないのだ。
 マスコミもそのことはよく分かっている。
「今回のマイナンバー法案の通過は、予算通過の第一関門として位置付けられるでしょう」
 と、ニュースや週刊誌で報道された。
 だが、首相はこの法案通過を最大の目標と掲げていたこともあって、かなり安堵していた。
 マイナンバーの国家運営に関しては、あまり公開されていない。最低限の情報が公開されただけだが、マスコミも他の政治家もそれで納得した。通過するまではいろいろ騒がれた法案だったが、通過してしまえば、そこから先は形式に乗っ取った運営に任されると誰もが思ったからだ。
 実際に法案を通過した後のマイナンバーの普及は、それほど素早いものではなかった。
「無理のない設計と運用で、このシステムを確立させます」
 という首相の一言は説得力があった。
 確かに国民としては、自分たちが番号で管理されることはあまり気持ちのいいことではないのだが、それも法案が通過するまでにどれだけ審議が行われるかというところが注目であって、最低限ではあったが、審議を重ねることで確立された法案は、国民も認めざる負えないものだった。
 通過してしまった法案に、国民はさほど関心を示すことはない。それだけ審議しなければならない法案は山積みだったからだ。
 しかも政府はマイナンバーシステムが構築されていく途中経過を、惜しみなく公表していた。ただそれが本当に今行われていることであれば問題ないのだが、すでに確立されていた途中経過を、あたかも今行っているかのように言うのは、簡単なことだった。
 元官房長官を務めていたことも幸いした。マスコミや他の政党、派閥に対しての説得力も、質問に対しての的確な回答もしっかりできていた。何しろ二歩も三歩も先に進んでいるのだから、二歩前の状況を説明するくらいは朝飯前だ。
 ただ、自分たちが進めていることが単独での独走だということは不安であった。それでも、
「自分たちがしなければいけない使命」
 としての責任を負った内閣であるという自覚だけは持っていた。
 しかもそこに国民を欺く秘策が隠されているのだから、大変なことである。
「どうしてここまでしなければいけないんだ」
 ということで辞任した下級官僚もいたが、彼に対しての政府の制裁はなかった。
 事を荒立てることを嫌ったのである。彼らにとって法案が通過した時点で、すでに引き返すことのできないところまで来てしまっていた。
 内閣の延命は、そのために必要であり、逆に内閣の延命を目的としての今回のやり方だった。つまりは、どちらかに障害が生じれば、この体制は音を立てて崩れていくという問題でもあったのだ。
 これは最高級の国家機密なのだが、このことは当時の首相すら知らないことだった。この国にはまだまだかつての「院政」であったり、明治政府のような国のトップの裏に、さらに元老のような連中が幅を利かせていた。これも一部の政府高官しか知らないことで、知っていたとしても、公言はタブーだった。
 マイナンバーの制度化をどうして政府が躍起になって進めているのか、真意に関しては首相すらハッキリとは分からなかった。ただ、元老の連中がマイナンバー制度について、
「政府の最優先課題だ」
 として位置付けてしまったことで、すべての法案に優先することになったのだ。
 マイナンバー制度は先進国ではいくつかの国で実施されていた。最近では、試験的に実施される国もあり、そんな国は、世界の大国と言われている国の支援を受けて制度化されていた。
 しかし、そのやり方は多少なりとも強引なところがあった。
 国によっては、マイナンバー制度導入に当たり、国民がストライキを起こしたり、暴動を起こすところもあった。特にかつては内乱で明け暮れていた国とすれば、自由を求める気風が高いことからか、完全管理されてしまうマイナンバーシステムの導入には、賛否両論があったのだ。
 それでも、マイナンバーを導入することで、内乱が起こる危険はなくなるだろう。そういう意味では保守的な連中にはありがたいことでもあったのだ。
 結論として、マイナンバーは導入された。やはり内乱が続き、疲弊した国家では、これ以上の揉め事には国民もウンザリしていたことだろう。
 暴動を起こしていた連中も少数派でしかないので、警察が出動することで、簡単に鎮圧された。問題は暴動の規模ではなく、
「暴動が起きてしまった」
 という事実なのだ。
 世界的にはマイナンバー導入に関しては、賛否は真っ二つだった。
 発展途上の国に対し、試験的な導入を試みるというのも、かなりの冒険だったに違いない。それでも、他国が介入することなく自国だけで解決することを世界に示すことも大切なことであり、
「反対派は少数派だ」
 ということが分かりきっていることで、首長国も介入せずとも成立することは分かっていた。
 成立してからは、完全に国家の管理の元に統制される。しかもその国家のバックには、世界の大国が控えているのだから、一旦成立してしまった制度を壊すことは不可能だったのだ。
 世界でそんなことが繰り広げられているということは、この国ではさほど大きなニュースになっていなかった。ワイドショーなどでは、
「世界でのマイナンバーへの評価は、賛否両論」
 あるいは、
「先進国の一部は導入しているが、まだまだこれからの国が多く、一部の発展途上の国では試験的に制度化された」
 というニュースが流れる程度だった。
 それよりも、自分の国の動向の方が問題で、世界情勢はあくまでも、参考程度でしかなかったのだ。
 発展途上の国に対して少しでも精神国が介入していれば、マスコミの見方も変わっていただろう。
「マイナンバーの導入に対し、他の国が介入するほどの大変なことなんだ」
 というニュースが流れ、もし、自国の導入に対し、少しでも動乱が起これば、他の国から介入されかねないという恐れを感じなければいけなかった。
 それだけは政府としては、どうしても避けなければならなかった。
 この国が半世紀以上も前に、ある強大国と安全保障を結んだ際に、国は大いに荒れた。反乱が各地で起こり、警察が介入しても簡単に解決することではなかった。そのため、業を煮やした強大国は、痺れを切らし、軍隊を派遣してきたのだ。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次