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表裏の結界

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 もしこんなことが露呈されると、国家を揺るがす大問題だ。野党の追及は最高潮に達し、国民の怒りも爆発、内閣不信任案は簡単に通り、総辞職となるだろう。
 そうなると、総選挙が行われ、今までの一党独裁に終わりがくるのは目に見えている。それなのに、敢えてマイナンバーの情報収集が極秘に行われた。一歩間違えれば政府転覆の大惨事になりかねないのにである。
 どこまで信憑性があるのか分からず、全貌は闇の中なのだが、一部の秘密を知っている人の間で感じていることというのは、
「今の内閣を延命させる」
 ということだった。
 今の内閣は何もしなければ、同じ政党の別派閥に潰されてしまう。
 今の内閣というのは、予算を通すための一時的な内閣と世間では思われているが、本当は外交上、どうしても必要な内閣だった。それを分かっている連中が延命を必死になって行っている。
「潰そうとしている連中に今の国家運営は任せられない」
 という考えだった。
 今の内閣は、完全に秘密主義で、表に出ているのは仮の姿。いかにも潰れそうな弱小内閣というイメージを国民に与え、党内でもそう思わせていたのだ。実際に閣僚の面々や総理の人柄や人脈からは、とても、長年の国家運営を任せられる器には見えなかった。
 それに比べて潰そうとしている派閥は、党内でも最大派閥で、政府としての座を淡々と狙っていた。
 本当は今の政府ではなく、最大派閥が新しい内閣を組織するものだと思っていた人が多かったのだが、なぜか総裁選に、最大派閥の首領は出てくることはなかった。
「どうして立候補されないんですか?」
「今のこの国を救えるのは、最大派閥のあなたしかいませんよ」
 と、マスコミに囲まれながら言われ続けてきた首領だったが、
「いやいや、私はまだ早いですよ」
 と言って、余裕の笑顔を浮かべていた。
 きっと何かを企んでいるのは分かっていたが、他の派閥には分からない。いや、同じ派閥の中でも首領の本当の考えを理解している人がどれほどいただろう。その証拠に、前の内閣が総辞職した時、首領が総裁選に立候補しない意志を固めた時、
「その考えに共鳴できない」
 として、数名の議員が、派閥を去った経緯もあるくらいだった。
 それでも、首領は余裕の笑みを浮かべている。誰が見ても、今の内閣には政治運営は任せられないことが分かっているので、
「いずれは私が」
 という余裕の笑みなのだろうと思っていた。
 総裁選という皆同じスタートラインに立つというよりも、政府が自滅して、その後に救世主のように現れる方が格好もいいし、大義名分に適っている。その一石二鳥のやり方を貫こうとしているのではないかというのが大衆の意見だったが、果たしてそんな単純なものなのだろうか。国民はおろか、ほとんどの議員も、そこに今回のマイナンバーというシステムが大きく影響していることに気づいている人はいなかったのだ。
 繋ぎと思われている今の政府は必死でマイナンバーシステムの構築に全力を注いでいる。元々短命覚悟の内閣なので、国民も政治評論家の意見も、
「短い間の内閣ではあるが、何か重大な仕事を残したという実績を作りたいんだ」
 というものだった。
 誰もが短命で終わると思っている内閣なので、ある意味気は楽だ。後の連中に何かを残すなどということは考えなくてもいい。ただ、予算を通すだけの内閣なのだ。
 ただ、この予算を通すということが政府で一番大変で難しい仕事もない。
 しかも、予算通過を達成してしまうと、その時点で内閣の終わりが来るという可能性は非常に高い。内閣の中にもそう思っている人もいるだろう。それだけ今の内閣は弱小だったのだ。
 和人は、政治に対して興味などまったくなかった。研究に没頭する毎日で、政治に対して関心を持つ必要もなければ、まわりの環境も研究一筋だった。精神的に追い詰められることもあったが、慣れというのは恐ろしいもの。気が付けば研究だけしか自分には残っていないことを思い知らされていた。
 だが、それでよかった。元々、人間嫌いで、人と会話したり、一緒に行動することが嫌だった。特に人ごみの中にいると、それだけで酔ってしまう。一人コツコツと研究を重ねている自分を客観的に眺めている自分が好きだったのだ。
 もちろん、彼女などいない。しかし、なぜか彼は学生の頃から女性にはモテた。ストイックな雰囲気は、まわりの軽薄な学生にうんざりしていた女性から見れば、新鮮だったに違いない。大学時代に一度女の子と付き合ったことがあったが、すぐに別れてしまった。
 和人の方から別れを告げたのだと他の誰もが思っているのだろうが、実はふられたのは和人の方だった。
「あなたにはついていけないわ。じゃあね」
 あまりにもあっけらかんとしたものだったが、本当は彼女も別れたいと思って別れたわけではない。その証拠に和人と離れてからもずっと好きだった。実は大学卒業してからずっと会っていないにも関わらず、今でも好きなのだ。
 彼女の名前は新宮千尋。
 千尋は今でも和人のことが好きであると同時に、彼のことを忘れられないと思っている自分をずっと感じていた。
 そんな和人は今年三十歳になっていた。もちろん、同い年の千尋も三十歳だった。千尋は和人のことが忘れられないということもあり、いまだに独身だ。彼氏を作ろうという意識もない。同僚や後輩からは、
「あなたのように大人の女性。男性が放っておかないと思うんですけど」
 と、よく言われた。
 千尋は、大学を卒業し、銀行に入社した。端正な顔立ちに成績も優秀。
「天は二物を与えずっていうのに、どうしてあなたばっかり」
 誉め言葉の中に皮肉たっぷりな笑みを浮かべて、誰もが千尋を羨んだ。
 ちょうど二人が社会人になり、会うことがなくなった頃、政府の中でマイナンバーという発想が現実化していくことになったのだが、それはただの偶然だったのだろうか。
 当時の現首相は、当時官房長官をしていた。
 よくテレビに出ていて、新聞記者の質問に的確に答えていた印象があった。その頃の和人はまだ政治にも少なからずの関心を持っていた。実はまだ一般には知られていなかったマイナンバーというシステムを、
「近い将来制度化すればいいのに」
 という意見を持っていたのも、和人だった。
 そういう意味でも和人はマイナンバーというシステムに最初から関りがあったと言っても過言ではないだろう。
 官房長官をしていた首相は、
「もし私が首相になることができれば、マイナンバーを制度化させたいな」
 と、派閥の人に話をしたことがあったが、当時の彼が首相になるなど、現実的に難しいと思っていたまわりの人の中で、その言葉を覚えている人がどれだけいるだろう。
 実は、最大派閥の首領である時期首相と見込まれている人も、ちょうど同じ頃、
「マイナンバーはこの私の手で」
 と公言していた。
 彼の方が、当時から首相の椅子には圧倒的に近いところにいた。最大派閥という後ろ盾もあり、政治家として一番充実した人生をこれから歩んでいこうという彼には、前途は洋々だったのだ。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次