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表裏の結界

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 と一蹴されるのがオチだが、この研究所では誰もが、タイムマシンも開発は可能だと思っていた。
 しかし、それはあくまでも機械の開発というだけの意味で、SFなどで問題になる、
「パラドックス」
「パラレルワールド」
 などと言った問題は、どうしても残ってしまう。
 また、この研究所では別部署でロボットの開発も行われていた。それは意志を持ったロボット、つまりはサイボーグやアンドロイドの開発だった。
 しかし、これもロボット開発の上で、かつて半世紀以上も前にアメリカで提唱されるようになった「ロボット工学三原則」に抵触しないかという問題も残っている。
 タイムマシンもロボット開発も、どちらも機械レベルでの開発は想定できても、それに伴った問題に対しての解決策は暗中模索だった。機械レベルの開発は、
「出発点に立っただけなのかも知れない」
 と思われることだろう。
 和人も、それを百も承知で開発していた。
「俺がいくらタイムマシンの原型を作っても、パラドックスが解決しなければ、ただの箱なんだ」
 と分かっている。
 頭の中では、
「タイムマシンなんてできっこないんだ」
 という思いを持っていて、それは世間一般の人が考えているよりも、かなり強く感じていたに違いない。世間一般の人は、機械レベルでの発想しか抱いていないからだ。
「そんなことは俺がいくらでも開発してやる」
 と思いながらも、それ以上の大きな結界に、和人は諦めの境地しか持っていなかった。
 それでも、会社の方針は絶対だった。
「こんな会社、すぐに潰れるぞ」
 と、口に出すことはなかったが、そう考えていた。
 おそらく、研究員のほとんどがそう思っていたに違いない。
「俺たち、まるで囚人だな」
 研究室という牢屋の中に閉じ込められて、意味がないとしか思えない研究を続けている。思わず頭に浮かんだのは、檻の中にある輪の上を、果てしなく走りまわっているハツカネズミの姿だった。
「俺たちは、ハツカネズミか」
 と和人が言うと、誰もが何も言わずに頷いている。
 もう、心の中にストレスを感じることもなくなったほど、神経がマヒしているように思われた。そんな時、親会社の倒産のニュースが飛び込んできた。本当なら解放されたことの喜びが最初に出てくるのだろうが、彼らは急に不安に襲われた。
「檻の中に閉じ込められていた俺たち。真っ暗な世界に急に明るい日差しが差し込んでくるんだ。まともに見てしまうと、目を潰してしまうぞ」
 という思いがあったのだ。
 感覚がマヒしているとはいえ、彼らも研究員の端くれ。考え方を論理的に組み立てると、まずは自分たちの置かれている立場を冷静に考えるだろう。すると湧いてくる思いは、不安しかなかったのだ。
「ペットが、急に飼い主がいなくなったことで野に放たれるようなものだよな」
 という人もいたが、これももっともの話であり、急に表に放り出されても、ここでの生活しか知らない自分たち、すでに俗世間から隔離されてから久しい。
 一か月でも精神に異常をきたすに違いない。それを乗り越えるとやってくるのは、隔離された中での感覚のマヒである。研究に没頭することで、余計なことは削ぎ落され、不安はあったとしても、狭い世界の中だけのことだ。
「俺たち、どうなっちゃうんだろう?」
 漠然とした不安の中で、
「君たちは今まで通り、ここにとどまってもいいです。もちろん、出て行きたい人は出てもかまいません」
 という、
「慈悲深い」
 言葉をもらったが、もちろん、ここから出ていく人たちがいるはずもない。
 そんなことは、向こうも百も承知だ。
「どうせ、誰も出て行く人などいるわけはない。路頭に迷うだけだからな」
 ご丁寧に、当座の生活費は支給するとまで言っていたのだが、当座の生活費という言葉が却って、彼らの気持ちを固まらせた。
「当座の生活費とくれると言っても、その間に身の振り方が決まらなければ、後は知らないと言われているのと一緒だよな」
 もちろん、その通りだ。
 生活費を使い果たしたからと言って、泣きついてきても、手を差し伸べることはないだろう。
「あの時あなたが選んだんですよね」
 と言われて終わりである。
 もし、研究室への復帰を求めても、
「今は違う研究をしているし、人員は足りているので、いりません」
 と言われるはずだ。
「そら見たことか」
 とほくそ笑んでいる顔が浮かんできて、妙に苛立たしい。
 和人はこれまで通りの研究をすることを選んだ。ここでは今までの生活と変わらないという保証だけはされていたからだ。
 研究所に残る人間は半数くらいだった。半数という人数が多いのか少ないのか、和人には見当がつかなかった。和人以外の他の人も、それぞれ感じ方が違っているはずなので、見当がつくわけもない。
「他人がどのように考えている」
 と思った時点で、見当をつけるなどということは不可能だったのだ。
 研究所は以前と違う組織になったことで、かなりの部分、様変わりしてしまった。元々完全民間だったところに、公営が入り込んできたのだから、それも当然のことである。しかも、公営の中でも政府の介入がそこにはあったのだ。秘密保持を最優先とする部署もあり、同じ敷地内で、まったく違った組織が存在することになった。
 和人がいる部署でも、次第に民間経営から公営としての色彩が少しずつ増してくるのが分かった。完全秘密主義というわけではないが、セキュリティだけではなく、警備もまるでSP並みだった。それでも、和人たち元民間からの職員には、そこまで厳重な監視がついているわけではない。外出も比較的自由だったし、外部との連絡も、それほど厳しくはなかった。
 実は、それだけこの研究所の警備は完璧で、彼らには、情報漏洩されることはないという自信があった。もし、何かの情報を掴んだとして、それを他の組織に話をしたとしても、その情報はウソである。簡単に民間人が探りを入れられるような状況ではないし、もし何らかの手を使って掴むことができたとしても、それはフェイクである。真相は幾重にも階層された幹の中にあり、決して辿り着くことのできない迷路のようになっていた。
 この研究所は研究する機関とは別に、機密や個人情報の保管場所でもあった。さすがにトップシークレットと呼ばれるものが存在しているわけではないが、この施設から機密情報が洩れてしまえば、一つのことだけでも、公営組織の一つくらいは機能が完全にマヒしてしまうくらいの情報が存在していた。その中でも大きなものとしては、やっと国会審議を通過し、法案として可決が決まったマイナンバーの情報が存在していた。
 もちろん、そんな大事なことを知っているのは、この施設の最高責任者を始めとした数人で、政府内でも、一部にしか知られていない最重要機密だった。
 国会審議を通過しただけでこれからの法案なのに、マイナンバーとしての個人情報は、ここではほとんど完成していた。
 各市町村の体制が整ってさえいれば、ここの情報はすべての官庁で共有できるくらいのものである。データベースとしては、完全なものだった。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次