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表裏の結界

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 それは想像した人にも言えることで、想像したことを後になって後悔しても、それは運命なので逆らうことができない。仕方のないことなのに、人によっては、後悔が自分を苦しめることになる人もいる。実に嘆かわしいことだ。
 しかし、教授にそんなことはなかった。
「やっと私の時代が来たんだ」
 と言わんばかりに目はギラギラと輝いていたのだが、そんな時に限ってやってきた流れに、運命を感じることはなかった。
 自分の力だという大それた考えでもなかったのだが、発想したことが的中したことに、素直に喜んでいただけだった。
 それよりも、これから自分がどう評論していくかということの方が大切である。少なくとも政治家のように、制度を作り出す立場の人間のように一方から見ているわけではないので、柔軟な発想ができる。それが自分の強みだと思っていた。
 マイナンバーの実用化が閣議決定されて、実際に国民に公表されたが、あまり国民には関心がないようだった。マスコミは大いに煽ったが、世論調査などでは、あまり関心のない人の意見の方が多かった。
 もっとも、まだ実用化されていない机上の空論に対してピンとくる人などそんなにいるはずもなく、
「興味はありますが、まだピンときませんね」
 という意見がほとんどで、皆がまだ他人事だった。
 それも当然のこと、そんな国民の意識をいかに興味を持たせるかということが政治家の責任であり、マスコミや評論家の使命である。
 他人事ではあるが、この問題は国民一人一人の問題であり、誰一人欠いても存在しないものである。
 もし、国民のほとんどが他人事となり、せっかくの制度が有名無実になってしまうと、予算削減どころか、別の対策を考えなければならず、余計に予算や時間を費やしてしまうことになる。それだけは避けなければならないことだった。
 閣議決定してからのニュースは、この問題を大きく取り上げた。評論番組でも同じように大々的に取り上げられ、大いに山本教授の活躍は目立った。
 いろいろな番組に出演し、朝のニュースや夕方のニュースはもちろん、深夜の討論番組でも当然のように出演していた。彼の意見はもっぱらマイナンバーへの警告がほとんどで、考えられる危険性をいろいろな方向から分析しての意見を述べる。
 政治家やマイナンバー肯定派の人たちも、彼の警告をある程度は想像していたことだろう。しかし、どうしても作る側からの意見なので、批判に対してはなかなか分析できないでいた。もっぱら反対意見に対しては、いかにマイナンバーという制度が効率がよく、いいものなのかということを宣伝するに終始するしかなかった。
 教授とすれば、そんなことも分かっているので、反論に対しての意見も用意している。それに対しての相手は完全に防戦一方だ。
 討論番組での教授の優位は揺るぎなかった。しかも視聴者の意見というのは、反論者が強い立場にいる方が気分的に盛り上がる。当たり前のことを当然のごとく言われるのは、先生や上司から受ける教育や指導ですでにうんざりしているのだろう。
 国民のほとんどは、今の政治をこのままでいいとは決して思っていない。腐敗した政治や政府に嫌気も差している。
「誰か他にいい人がいれば」
 と願い、救世主の登場を待ちかねている。
 保守、改革派という言葉だけでは言い表せない感情が、国民一人一人の中にあるのだ。特にニュースを見ていて、
「怒りしか覚えない」
 という人もいれば、
「面白い話だと思って見ています」
 という本当に他人事にしか思えない人も多い。
 そんな危機的な状況を、政府やマスコミは分かっているのだろうか。
 そんな中で持ち上がったマイナンバー、内容としては、
「国民を番号で管理する」
 という、まるで個人を軽視したような制度なのだから、もっと国民の間から批判が上がってもいいのだろうが、
「どうせ国民一人が何を言っても」
 という諦めの心境や、
「政治家なんて誰がなっても同じ」
 と、政治に興味を持つことすら時間の無駄だと思っている人も意外と少なくはない。
 ここに一人の男性がいるのだが、彼は政府と民間の中間のようなところに所属している。政府の政策を管理しているところでもあれば、民間の企業を推進する場所でもあった。
 三年前に、長年一党独裁だったこの国に起こった政権交代。それによって新たに設けられた施設だった。
 独裁を長年続けていた政府にも、この発想はあったのだが、あくまでも少数派。大多数はこの制度に反対していた。この制度をやることで、自分たちが民間企業と癒着していた事実が、国民に暴露されるのを恐れていたからだ。
 しかし、政権交代が起こる前、政府と一部民間企業の癒着が問題になった。
 民間企業と政府の癒着は、昔から噂はあった。あれだけい頻繁に、政治家とカネの問題がニュースを賑わし、スキャンダルなどと一緒に問題となることで、退陣に追い込まれ、内閣解散などということがあったりした。しかし、一党があまりにも権力を集中させていたので、同じ党の別の派閥から政府が出来上がるだけで、根本的な解決にはなっていない。つまりは、
「トカゲの尻尾切り」
 で終わってしまうのだった。
 彼が所属する「フロンティア研究室」は、研究室という名前の下、元々は電機メーカーの開発研究室だった。かなりの大手の会社だったが、折からの不況に上層部の不正が露呈し、それを見かねた同業他社が、この会社を吸収合併したのだ。
 本当は、
「元々の会社の倒産の原因は、吸収した側の会社にある」
 と囁かれたことがあったが、これはあくまでウワサであり、
「限りなく黒に近いグレー」
 として、当時影では大きな問題になったのだが、いつの間にか忘れ去られていた。それだけ吸収合併までの手順が素早かったことで、関心は今後の展開に移行したからだ。一時期噂を週刊誌で報道した出版社もそれ以降そのニュースを取り上げることもなくなった。本当は圧力がかかったのだが、そこに証拠は何もなかった。
 マスコミが煽りかけたウワサを、マスコミ自身で封印したのだから、それ以上ウワサが広がることもなかった。
「人の噂も七十五日」
 と言われるが、そんなに長くもない、
「駆け抜けて行ったウワサ」
 だったのだ。
 元々、「フロンティア研究所」には曰くがあった。親会社の倒産とともに、最初は合併された会社の所属になったが、いつの間にか売却されることが決定していた。その会社は新しくできた会社であり、まったくの未知数だった。社員や研究員はそのまま元の会社から引き継ぐということで人の入れ替わりはなかったが、監視役として数人の取締役が就任した。
 彼らはどこの会社に所属していたのか、あるいは元の経歴などはまったくの不明だった。公表もされないし、非常勤ということで、本当に影のような存在だった。普通の会社で非常勤の取締役など誰も気にすることはないのだろうが、どうしても気になってしまう社員が数人だけいた。
 その中の一人に、片倉和人という人がいた。
 彼は、視聴関係の製品研究者で、テレビやレコーダー、記憶装置などの研究をしていた。ただ、それは表向きであり、裏ではタイムマシンの研究も行っていた。
 誰かに言えば、
「そんなバカな」
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次