小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

表裏の結界

INDEX|3ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

 おかげで自分の意見を言いたいように言えた。しかもそれで視聴者の心象もよくなるのであれば、それに越したことはない。教授とすれば、視聴者や他人がどう思おうと関係ない。自分の意見を貫徹できればそれでいいのだ。しかし、たまに正論が明らかに間違っていて、このままでは国家の存亡にまで影響しそうな時は、教授は困惑していた。
 なぜなら、いつも反対意見を言う人間が、反対意見こそ、本当の正論である場合、それを必死に訴えても、決まってしまっている構図を変えることはできない。まわりは、教授を意見を、
「正論に対しての反対意見」
 としてしか見ていないだろう。
 それでは困るのだ。
 本当は、教授の意見に賛同する人が蜂起して、正論に立ち向かう集団という力を持たなければならないのに、肝心の訴えが今まで同様に反対意見としてしか扱われないのは、これほど腹立たしいことはない。
 そこで、教授は自分の弟子を持つことを視野に入れていた。
 それは、正論に対して反対意見を述べる教授に対して、さらに反対意見を言う人間の存在である。
 その人は、反対意見に対しての反対意見なので、普通考えると、正論をいう人のように思えるが、決してそうではない。
 時には正論に戻ることもあるが、第三の意見を言う人を作るということだ。
 これであれば、教授が本当に訴えたいことを、彼が代弁してくれる。教授の本当の狙いはそこにあるのだ。
 そして、その人間は、正論をいう人間でも、教授のような人間でもない。討論番組での論客の会話は、冷静さを何とか保ちながら、相手を屈服させるような熱い討論が不可欠だった。しかし、教授が作った、
「第三の論客」
 は、決してヒートアップすることのない冷静な人間でなければならない。
 教授は密かにそんな人間を自分だけで作り上げた。
 元々自分のゼミから大学院に進み、自分の助手をしていてくれた人なのだが、彼には一度、暇を与え、そしてテレビ局に売り込んだのだ。
 プロデューサーも、かなり乗り気だった。今までにない論客の登場は、そろそろマンネリ化してきた討論番組に一石を投じるという意味でありがたがられたのである。
 彼は、テレビ局の期待も、教授の期待もどちらも満たしてくれた。
 普段はほとんど討論に参加しないが、教授への反対意見を時折ズバッと指摘する。教授も明らかに動揺したような素振りを見せることで、他の論客にも、視聴者にも、一目置かれるようになった。
 彼のことが話題になり、マスコミが彼の過去を探った。そこで見つけたのが、教授とのつながりだった。
「新しい論客は、元教授の教え子。刺客となって再登場か?」
 とウワサされた。
 しかも、彼は教授の研究室からクビのような形で辞めることになったのだ。世間の注目は最高潮だった。
 教授が一度自ら自体した、
「正義の救世主」
 まさしく彼にはこの言葉がピッタリだった。
 世間もそんな目で彼を見るし、彼もそれをまんざらでもなく感じていた。
「彼が俺のしもべであるということも知らずに」
 と、自分と彼しか知らない事実を、教授はほくそ笑んで見ていた。ただ、番組では敵同士、普段の地を出すだけのことだったのだが、他の人に悟られないようにしようという思いをなるべく持たないようにした。いつもストレートな自分に雑念が入ると、ろくなことはないからだ。
 教授はこれで自分が本当に言いたいことに対して、さらに反対意見を言ってくれる人間を確保できた。
 教授は今まで通り、自分の言いたいことを言うだけだ。しかし、それに対して反対意見を言う彼の考えは、決して反対意見ではない。教授の考えにプラスアルファを付加するだけだった。
「冷静さ」
 これがキーワードなのだが、冷静さには重さがある。
 いくら熱く語っても、重たさがなければ説得力はない。今までの教授は熱くは語るが、説得力は二の次だった。
――別に視聴者が自分の意見に賛同してくれても、自ら何か行動を起こすわけではないんだ――
 という思いがあり、それでよかったのだ。
 しかし、正論では明らかにこの国の行く末に影があることが分かっているのに、黙って放っておくわけにはいかない。そう思った教授の作戦は、功を奏したのだ。
 今回のマイナンバーに関したは、元々教授はあまり乗り気ではなかった。
 マイナンバーに至るまでのいくつかの案が出されたが、どれにも賛同できない。なぜなら、
「国民を番号で管理するなんて、まるで囚人のようではないか」
 という発想から生まれた。
 番号で管理するということは、そこに感情や理性は存在しない。誰もが平等なのだろうが、一人一人事情が違うものを一絡げにしてしまおうというのだから、考えてみれば乱暴な発想だ。
 確かに、国とすれば、予算削減に繋がることだろう。国民としても、役所でかなりの時間待たされていたものが一瞬で済むことになるかも知れない手続き問題の解消になるのだから、ありがたいと思うに違いない。
 しかし、教授には恐ろしい危惧があった。
「まるで核戦争のようだ」
 と、マイナンバーの話をインタビューしてきた記者に、そう答えた。
「どういうことですか?」
 と聞かれたので、
「ボタンに手を掛けている人が、もし何かの手違いで押してしまったら、って怖い話だよね」
 もちろん、核のボタンがそんなに簡単に押すことのできないものであることは分かっている。いくつもの暗号のようなものがあって、決してすぐに押せなくなっているのだろう。よほど偶然が幾重にも重ならない限りである。
 しかし、考え方としては、あり得ることだった。
 質問した記者は一瞬固まった。
――この男分かっているのかも知れないな――
 と思ったので、教授は含み笑いを浮かべたが、次の瞬間、記者はゾッとしたように身体が震えたことで、教授の勘が当たっていることを示していた。
「いや、ありがとうございました。ちょっと奇抜で危険な発想だったので、私もビックリしてしまって、何も言えなくなりました」
 と言って、彼は去って行った。
 インタビューの内容が記事になることはなかった。
 当然といえば当然だ。インタビューと言っても、質問に一言答えただけで、会話になっていないのだから、記事にしようがないというものだ。だが、マイナンバーに対しての考えは、この一言で十分だった。
――本当は、記事になってほしかったんだがな――
 と思ったが、文字よりも声に出した方が説得力がある。
 いずれは討論番組でマイナンバーの話が論議される時が来るに違いないと思い、その時を待っていた。
 言いたいことはたくさんあるのだろうが、討論番組なので、相手の反応によって場面は刻一刻に変わってくる。それを思うと、その場にいないのに、勝手な想像をするのは時間の無駄だった。
「捕らぬ狸の皮算用」
 という言葉があるではないか、まさしくその通りである。
 それでも教授の考えた通りの流れがやってきた。定められた流れというのは、想像した人がどんな人物であれ、逆らうことはできないのだ。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次