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表裏の結界

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――もう一人の自分がいたという思いだけが、どうしても夢の中から離れない――
 夢から覚めれば、夢の世界だったという意識から、覚えている夢でも、
「怖い夢」
 として、意識に残るが、時間が経てば、記憶として封印することができた。
 しかし、その時の和人は、もう一人の自分の存在を、記憶として封印することができない気がした。
――意識を記憶に持っていくことはできるけど、封印してしまうことはどうしてもできないような気がする――
 という思いが頭をもたげたのである。
「フロンティア研究所」に入所してから、一人コツコツ研究をしている時、いつももう一人の自分に見られているような気持ち悪さに見舞われていたが、ある時から、急に意識が飛んでしまった気がしていた。
――慣れてきたということだろうか?
 ずっと封印することができなかった記憶なのに、そんなに簡単に慣れるなんて考えられないはずなのに、そう思ったのは、それだけ自分を納得させたいという思いが強かったということだろう。
――自分を納得させるってどういうことなんだろう?
 そう思うと、
――自分を納得させるために必要なのが、もう一人の自分という存在なのではないか?
 と思うようになった。
 ここまでくれば堂々巡りである。
 いや、まるで自分の尻尾から自分の身体を食べて行こうとしているヘビのような気持ちになっている自分を感じる。まるで「メビウスの輪」を想像しているようだ。
 今回のマイナンバーで抹消された人というのは、実は和人だった。和人の存在がマイナンバーの中で抹消されていたのだが、そのことを、和人が分からないわけがなかった。
 和人は、マイナンバーの内部に侵入できる数少ない人であり、それは「フロンティア研究所」職員の特権でもあった。
 特権と言っても、当然厳格な規則がある。勝手にアクセスしたり、ましてや改ざんはできないようになっていたはずだ。しかし、和人は自分の存在を抹消することによって、「フロンティア研究所」内部にいることで、自由にアクセルができるようになった。いわゆる「なりすまし」ができるからだ。
 もちろん、外部から侵入したのではなりすましはできない。研究所内部だからこそできることだ。
 和人の目的は、
「譲二という人間の抹殺」
 であった。
 譲二は、千尋のことを利用した。その目的がどこにあるのか分からないが、このまま放っておくわけにはいかない。そのことを教えてくれたのは、他ならぬ里穂だった。
 里穂は、和人の初めての相手、さらに里穂が整形していることに気づいたことから、彼女に関わっていたのが譲二であることを突き止めた。
 しかし、里穂に関わっていたのは本当は譲二ではない。裏世界にいるはずの正彦だったのだ。
 正彦がこちらの世界に来たのは、山本教授に近づくためだった。そして手始めに教授の娘に近づくことにした。それが里穂だったのだ。
 里穂は正彦が思っていたよりも従順で、まさかここまで自分のいう通りになるとは思っていなかった。整形を施すことは作戦であり、彼女の中に里穂という女性を作り出し、山本教授と、和人の間に、それぞれ違うオンナとして近づけようという計画だった。
 里穂というのは裏の世界のオンナであり、山本教授の娘としての美穂がこの世界でも千穂としての、「もう一人の自分」を作ることができたのと同様に、裏の世界にも美穂が存在している。
 正彦は里穂を愛していた。
 裏世界に存在している美穂は、正彦にとっては邪魔な存在でもあったのだ。
 裏社会で、正彦は美穂の存在を抹殺した。抹殺しておいて、表世界のもう一人の自分である譲二に、里穂を操らせ、千尋に近づいた。千尋が、表世界で里穂と関係を持つことで、裏社会の里穂に変な影響を与えないようにするためである。
 そのため、千尋に正彦として近づき、和人の存在の抹消を考えた。
――千尋の心の中に、和人という男性の存在が大きく影響している――
 ということを感じた正彦は、まずは和人の抹殺を考えた。
 しかし、和人は先手を打って、自分の存在を抹殺ではなく、抹消したのだ。そして、自由な存在として、正彦と譲二、そして里穂と美穂のことを探った。そして、その奥には山本教授という存在があり、正彦が教授を必要以上に意識していることを感じた。
 教授も裏表の世界の存在を知っていた。そして、マイナンバーの存在が、いずれ自分のまわりを脅かすことを予見していた。ただ、立場上、個人的なことを口にできるわけではない。
 ただ、だからといって、表世界において二人のオンナを自分の思い通りに動かしていいというわけではない。
――裏社会には、人権などないんだろうか?
 と思うほどだったが、
――裏社会というのが、表社会とは鏡のような関係で、まったく違った世界を形成しているとしたら……
 と考えると、国民の政治への関心はかなりなものだろう。
――ひょっとすると、完全個人主義国家なのかも知れないな――
 とも思えた。
 そのため、自分のことは自分で守る世界であり、人権そのものというものもないのかも知れない。
 しかし、裏世界を知っている人間は、裏の世界の自分も、ほぼ同じような考えを持っている。きっと裏世界の中では異端児的な存在なのだろう。彼らが肩身の狭い思いをしているかも知れないと思うと、こちらの世界を操作しようと考えた正彦の考えも分からなくはない。ただ、許されないことではあるが……。
 同情できる点を差し引いても、許しがたい。和人は、正彦の野望を打ち砕くには、一旦自分の存在を消すしかないと思ったのだろう。
 マイナンバー消去事件の騒動は次第に収束していった。結局は、
「誰も存在は消えていない。あれは世間を騒がせただけのデマだった」
 として、国民に発表されたのだ。
 これで、和人は晴れて自由になれた。
 裏世界でも夢の中で存在することができる。和人が夢だと思っているだけで、実際には裏社会にいるのだ。
 和人は裏世界を覗くことで、正彦の考えが分かってきた。山本教授へその話をすると、
「私もある程度までは分かっていたが、まさか自分の足元を掬われるなどと思ってもみなかった。ありがとう、君のおかげだ」
 と言って、和人をねぎらってくれた。
「いえ、お言葉には及びません。教授のお気持ちは分かるつもりです」
 と、二人の間に熱い絆が結ばれた。
 いや、結ばれたはずだった。
 和人は、夢を見ていたのだ。千尋、里穂、そして譲二に正彦、どこまでが現実でどこからが夢の世界なのか分からない。
「裏の世界というのは、夢の世界なんだ」
 と思っていること自体、どこかウソっぽい。
 ただ、本人もその思いを若干抱いていた。抱いてはいたが、他の人が、
「なんだ、夢だったんだ」
 として、簡単に片づけられない性分の自分を子供の頃から、
――他の人とは違う――
 と思っていたことで、裏の世界の存在を知ったと思い込んでいた。
 裏の世界を創造することが夢の夢たるゆえんなのだとすれば、
――夢を見ることは鏡を左右に置いた時に見える無限の自分の姿に似ている――
 と感じていた子供の頃と、矛盾があった。
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次